共産党の機関紙、「赤旗」で上脇教授が奈良地検に高市総理を刑事告発した。と書いていたので、当ブログで「あるよ!共産党も!」これって、政治資金規正法違反である不記載だよね(今のところ疑惑)!!!ということをお知らせしましょう!!!会社のオーナーから会社の株の遺贈を受けているのに、遺贈を受けた事を隠して清算人を雇って、財産を処分!!!政治資金収支報告書には不記載!!!これって、刑事告発できるよね((笑))
*タイトルの「不記載(疑惑)」は後半の「作家・森村氏の遺産を相続」からですが、全文を読んで頂きたいので、そのまま書き写しました。
2025年(令和7年) 月刊Hanada 8月号より
独占告発!
代々木の不動産王 日本共産党
ジャーナリスト 山村 明義
(記事)
不動産を巡る政治と金
2023年の政治資金収支報告書によると、日本共産党の収入総額約百九十四億五千八百万円のうち、約78%を占める赤旗購読料を中心とする事業収入は約百五十三億円で、他は党員からの党費(約五億三百四十二万円)と、個人からの寄付(約五億五千二百四万円)が主な資金源であるとしている。
ただし、共産党の機関紙「しんぶん赤旗」は日刊紙と日曜版を合わせて最盛期は三百五十万部を誇ったが、2024年一月時点で八十五万部と激減。毎年十数億円の赤字だという。
現在、共産党は、「しんぶん赤旗」の慢性的な赤字を補填するため、党の支持者などに「百万人の読者回復」と「十億円募金」を呼びかけているが、それとは別の政治資金調達分野として、水面下でその割合を急拡大中なのが、同党の行っている「遺贈」を含む不動産取引である。
「遺贈」とは、故人が遺した遺言に則り、自分の資産の一部あるいは全部を第三者に寄付することをいう。
この共産党の不動産取引に関しては、昨年十一月、共産党を含む主な国政政党の政治資金収支報告書が公表された際に産経新聞など一部で報道されたが、その続報はほとんど見られない。
総務省が所管する政治資金規正法の目的は、あくまで「政治団体及び公職の候補者により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにする」のが趣旨であり、その監視の目は自民党など一部の政党だけでなく、当然、共産党も対象となるはずだ。
ところが現在のマスメディアは、野党とりわけ共産党の政治資金源には追及が甘く、「不断の監視と批判」の対象には必ずしも置いていない。
そこで、本稿では本来の政治資金規正法の趣旨に照らし、これまで誰も書かなかった共産党の不動産を巡る「政治と金問題」をレポートする。
日本一の不動産所有政党
まず、現在の共産党に対して客観的に指摘できることは、同党が「日本一の不動産所有政党」であるという事実である。土地や建物の所有面積および不動産取引の規模や頻度が、国政政党としては群を抜いて多いからだ。これは、政治活動を目的とする政党としては、かなり「異様」な状況である。
何が「異様」なのか。
第一に、資金管理団体の土地の資産所有面積である。たとえば、二十三年時点での政党本部の政治資金収支報告書で比較すると、土地所有面積二位の公明党(本部)が約六千九百八十九(6989)㎡の所有しているのに対し、
共産党は同年度で約百七十五万八十二(1750085)㎡。
公明党の二百五十倍以上の土地を保有しており、東京ドーム約三十七個分に及ぶ広さに当たる。
これはあくまで中央委員会の所有する土地だけの面積で、共産党の都道府県委員会や市町村の地区委員会を含めると、さらに膨大となる。
ちなみに、他党は社民党が静岡県に五千百八十二(5182)㎡(資産金額・約三千百二十一万円)を所有するのが目立つ程度で、他はほぼゼロに近い。
第二に、主な国政政党では、遺贈や寄付された不動産に関して、実態として土地売買などを行っていない。共産党は遺贈や寄付を受けた土地などを、不動産業者のようにほぼ毎年、取引を行っている点である。
日本の主要政党である自民党や公明党、立憲民主党、国民民主党、れいわ新選組、社民党、参政党など、与野党含めて不動産売買を「その他の収入」としている政党は、共産党以外にない。基本的にどの政党も土地建物を所有しているだけで、不動産売買は行っていないからだ。同じ野党の立憲民主党などは、所有不動産がゼロである。
「政治と金問題」をさかんに報道された与党の自民党ですら、不動産は国有地の上に建てられている千代田区の永田町の本部ビルの建物を所有するだけで、土地所有はおろか、党が不動産取引そのものを政治資金源とするような行為は行っていない。
それらの政党に比べて、共産党の「不動産依存度」は高い。基本的に元手のいらない遺贈や寄付により党員や党支持者から寄付された土地建物などの不動産だけではなく、実際に党が土地を購入し、さかんに売買している様子がうかがえる。
ちなみに、共産党が二十三年の一年間に不動産売却で得た政治資金は、約十七億に千五百万円(1,725,000,000円)。これは前年比の七十七倍に及び、党費や個人寄付それぞれの金額の三倍を超える。
その内訳は、共産党の公表によれば、昔から所有していた党所有の不動産売却が五十五%、遺贈による不動産売却分が四十五%だという。
この「遺贈による不動産売却分」というのは、のちの触れる作家の故森村桂氏の夫である故三宅一郎氏のものが多くを占めている。
さらに、かつての共産党の資産は、土地の総額より建物の総額が四倍以上あったが、現在はそれが逆転し、土地だけで約三十二億円ちかくになっている。
千駄ヶ谷に七カ所以上
まずは、共産党中央委員会がある代々木(住所は千駄ヶ谷)駅周辺の土地建物から見ていこう。共産党の前財務・業務委員会責任者の上田均氏によれば、かつての共産党本部ビルはもともとこの場所に存在し、軍に接収された木造二階建ての元溶接学校であったという。
戦後、所有者から寄付され、二〇〇二年に党所有の土地の上に地上十一階地下二階建ての豪華な本部ビルが建てられている。今年は新築してから二十三年、今年七月まで、目標五億円の寄付金による「大改修募金」を集めている最中だ。
共産党は現在、政治資金報告書で確認可能な土地と借地権上のビル等を含めると、千駄ヶ谷では、表向き七カ所の不動産所有となっている。
「表向き」というのは、別の企業や個人が不動産所有者になっている物件もあるためだ。たとえば、共産党本部ビルからJR中央線の線路を超えると、「赤旗」編集局などが入居する地上八階地下四階建ての「ASビル」(住所・渋谷区千駄ヶ谷五の十八の二十一)がある。
その土地は「しんぶん赤旗」などを印刷する「あかつき印刷株式会社」、建物は不動産業を営む「新和興行株式会社」という企業の所有である。
驚くことに、「赤旗」の赤字が叫ばれながら、共産党系の企業や機関は、どの組織も金融機関から付けられた抵当権や根抵当権などの「借金」をきちんと返済している。
登記簿謄本を見ると、「あかつき印刷」(近くに別の土地建物も所有)が土地を所有する「ASビル」は、完成後の一九八五年には、周辺の不動産を含め極度額二十億円の根抵当権が付けられていた。だが、その後、猛烈な勢いで借金を返済し、わずが十五年後の二〇〇〇年には完済。年間平均でみると、一億五千万円ずつ返済し、現在は抵当がついていないため、返済能力がかなり高い「優良企業」であることがわかる。
一方で、共産党の政治資金収支報告書によると、同社は共産党に対して毎年一億円程度の借入金(二十三年の共産党の貸付金は二憶八千万)などがあるため、共産党の資金は同社など系列組織や党の機関などに「還流」しているものとみられる。
*ちなみに「あかつき印刷㈱」は日本共産党が作った、日本共産党の資産(八億一千五百万円)にもなっている会社である。(R5,日本共産党中央委員会の政治資金収支報告書より)
効率の良い政治資金捻出法
最近の土地取引で目立ったのは、「千駄ヶ谷五の十二の四・五(地番)」に存在した旧称「千駄ヶ谷会館」(土地面積約五百四十一㎡)である。昨年(令和六年)公表された政治資金収支報告書で、共産党がなんと九億円の不動産売却で巨額の収入を得ている。
ここは、かつて共産党本部ビルから中央線を越えた奥まった住宅地にあったが、すでに一昨年六月に、東急不動産株式会社に売却。現在では建物は取り壊され、さらに転売されて更地となっている。
日本共産党の元政策委員長・筆坂秀世氏はこう語る。「この千駄ヶ谷会館は、不破(哲三前議長)さんの大のお気に入りで、党関係者には迎賓館と呼ばれていた場所でした。新宿御苑に隣接し、建物のなかにある迎賓室からの眺めが良くて、不破さん夫妻が神奈川県相模湖の自宅から東京に来る時には、好んでホテル代わりによく泊まりに来ていましたね。
志位(和夫議長)体制になってからの中央委員会は、不破さんの好きだった場所も、これから切り売りされるのか、党の財産として管理されていく方針のどちらかになっているのでしょう」
だが奇妙なことに、同党が九億円で売却したこの物件を、令和三年分の収支報告書では、土地価格を「三千七百六十五万一千円」と記載している。総務省政治資金課によれば、「政治資金収支報告書上の資産の項目の土地の記載事項には、基本的に取得価格か、あるいは取得時の時価を書くことになる」という。
この土地は、そもそもB氏という共産党の元財政部長が所有する土地になっていたが、二〇〇二年に「真正な登記者名義の回復」によって共産党へ所有権移転している。
共産党のB元財政部長が同地を所有したのが一九七四年と、四十一年前のこととは言え、渋谷区の五百四十㎡以上の土地の取得価格が三千七百六十万円とは、当時にしても安いという印象だ。
一方で、昨年公表された同党の政治資金収支報告書の「収入の部」を見ると、共産党はこの物件の取引で九億円の収入を得たことになっている。税や手数料を除けば、約八億六千万円を超える収益になったはずだ。
これは年間で集める党費収入や個人からの寄付金額よりはるかに多く、国政政党としてはかなり効率の良い政治資金捻出になっていると言えるだろう。
*まさにタイトル通り「代々木の不動産王だ!!!!ね。」
宮本顕治邸を巡る土地売買
次に取り上げるのは、東京都多摩市にある京王線聖蹟桜ヶ丘駅近くに存在した故宮本顕治元共産党名誉議長邸周辺の土地売買である。
ちなみに、宮本顕治氏は一九五八年に書記長に就任以来、四十年間、日本共産党を指導した伝説の人物だ。
多摩市の「宮本邸」は登記上、一九八〇年に宮本氏の所有地となったが、その周辺にはそれ以前から共産党やその支援者の個人所有の土地があった。
遅くとも二〇〇〇年台の前半頃までには、宮本氏は約八百四十八㎡近い敷地を有し、そのなかに長男の現在の自宅も存在していた。
宮本顕治氏が死去したのは〇七年七月十八日。登記簿閉鎖謄本によれば、その当時、未亡人となった宮本壽恵子氏が約四百五十二㎡を相続し、隣の残りの土地は共産党が所有したうえで、その後、分譲住宅として売却された。
つまり、宮本家が相続したのは、もともと宮本顕治邸の二分の一近くの土地だけだ。宮本氏の死去後の約二年四か月ごに壽恵子夫人も亡くなり、その土地は長男と次男に引き継がれた。
だが、次男は長男の宮本太郎氏に対して、自分の所有していた持ち分の二分の一の土地を譲渡。現在は宮本顕治氏の住んでいた自宅に隣接する土地は、分譲された戸建て住宅になっている。
宮本氏の所有する地番の土地周辺を過去の登記簿謄本やブルーマップ、地番図などの地図で見て検証していくと、実は共産党は、まるでガードするかのように、二つの大きな区画の宅地や雑種地などを所有していたことがわかる。
これは「共産党にとって大切な宮本氏を守るための警備員や看護師らを宮本邸周辺に配置しておく」(筆坂氏)ことが目的の一つだったとされている。
典型的な土地ころがしか
時期的には一九七二年頃から、共産党や党の財務部長の肩書であった個人などが、宮本邸周辺の土地を徐々に買い増ししたため、土地は徐々に拡大。近隣地区の同じ町内には、「宮本邸」を含めると、一時は約三千㎡を超える広大な土地資産を所有していた。
当時の公示価格である一㎡当たり約十六万円で計算すると、およそ四億八千万円もの資産価値を有していたことになる(現在はさらに値上がりし、すでに売却されている)。
この五億円近い資産は、宮本氏が死去した0七年以前から売却されていた土地もある。その一方で、登記簿の中には、共産党が新たに土地を買い足したものや、わざわざ開発や売却をしやすくするよう余地の合併や合筆を行い、「さや抜き転売」などの営利目的で売買したと思われる土地も存在している。
とりわけ問題なのは、当時の共産党の政治資金収支報告書を見ると、資金がどこへ消えたのかが不透明な取引があることだ。
たとえば、0八年度分の政治資金収支報告書によれば、宮本邸と同じ町内には、共産党の所有の「三六ー四・五」(A)に約六百五十二㎡の土地と、「三六ー四五」(B)の約二百五十㎡の土地があった。
この二つの土地はわかりにくいので、前者をA,後者をBとすると、宮本氏が亡くなる約三年前の0四ねん五月、Aは日本共産党が不動産会社のセボン株式会社(当時、東京都新宿区)に売却し、BはAとまったく同じ日付にセボンから日本共産党が購入している。
土地建物の等価交換方式も考えられるが、両者の土地面積の差がありすぎて、その可能性は少ない。
ちなみにセボンは「過剰なラブホテル投資で特別損失を計上したうえ、顧客から建物瑕疵で数多くのケレームが発生、共産党と取引を行った四年後の〇八年五月に会社更生法を適用して倒産した。当時、いわく付きの”悪徳不動産会社”として有名な会社でしたね」(東京都下の不動産関係者)という指摘もある。
なぜ共産党は当時、党の名誉議長も引退していた宮本顕治氏の晩年に、わざわざいわく付きのセボンを相手に、宮本邸周辺の土地取引を行い、さらに土地を買い足して増やす必要があったのだろうか。
セボンとの取引で入手した土地は、十一年七月に個人へ売却されているが、その取引手法は典型的な「さや抜き」か「土地転がし」などに近い。
これらの不動産取引は、金融機関を介さず、共産党自身の資金で行われているが、少なくとも登記簿上は、共産党の政治活動とは程遠い取引が行われていた可能性は高い。
大蔵省「課税逃れ」を指摘
次は、共産党が大きな収益を上げたと思われる直近の不動産売買の件である。
東京都内でも地価が比較的高く、閑静な住宅地として知られる世田谷区。この世田谷区等々力に、共産党が所有するいくつかの土地があった。
最近の政治資金収支報告書によると、この近辺に所有していた土地は九十五㎡、三百三十七㎡、二百六十一㎡の三筆合計六百九十三㎡。ちなみに土地の資産額の合計は約三億八千四百六十八万円である。
その区画のなかには、年間十五万~二十八万円程度の家賃が共産党員を安く住まわせるためのアパートなどもある。
だが、とりわけ目を引くのが、アパートと隣接して建てられていた木造家屋の「野呂栄太郎記念塩沢学習館(略称・塩沢学習館)と「塩沢荘」の跡地である。
古参の共産党によると、「戦前に弾圧されたメルクス経済学者・野呂栄太郎とその妻であった塩沢富美子を記念して作られた共産党関係者中心の学習館と宿泊所のある土地建物だった」という。
だが現在、それらの建物は取り壊され、筆者が出かけた五月下旬には、コインパーキングになっている。
登記簿謄本を見ると、二十四年十一月、該当する土地はまとめて港区のマンション分譲会社「サンウッド株式会社」に売却されている。この土地に着けられた根抵当額は七億九千二百万円で、この周辺の土地の公示価格から見ても、おそらく土地価格は八億円前後であったと推測される。
この巨額の不動産取引収入は、正式には今年十一月に公表される共産党の政治資金収支報告書で公表されるものと思われる。
実はこの「塩沢学習館」は、一九九四年に所有者が、当時の大蔵省から「課税逃れ」を指摘され、土地に三千七百七十四万二千円の抵当権が設定されていた。
一九九一年三月、この土地建物の所有者だった塩沢富美子氏が亡くなる前、彼女は弁護士を通じ、一部を肉親に遺贈するするほかは、全てを共産党に遺贈する遺志を記した遺言を残したのだという。つまりこの不動産も、もともと遺贈されたものだった。
東京地裁で共産党敗訴
共産党のホオームページには、不動産や現金などの遺贈をこう推奨している。
「寄せいただいた遺贈は、ありがたくお受けさせていただくことを基本にしています」
また「不動産の場合、政党の政治活動に活用できない物件も少なくないので(中略)、遺言書には、遺言執行者が売却・現金化したうえで遺贈先に渡してもよいことを明記していただくことをおすすめします」などと、共産党への遺贈のために「遺言書の書き方ガイダンス」のような文章まで記してているのだ。
そこで、政党が遺贈された不動産に対して、課税されるか否かが焦点となった。
ある共産党関係者はこう語る。
「これに目を付けた東京国税局が一九九五年に、『第三者の所有する土地を共産党が主体的に譲渡されることは、みなし譲渡課税対象に当たる』という課税通達を出し、この土地建物に抵当権を付けたうえで、その後、共産党と激しく対立した。実際に、当時共産党を原告、東京国税局を被告として、東京地裁での民事裁判で争われていました。
共産党は、国税不服審判所などに不服申し立てをして抵抗していましたが。九八年には裁判が結審し、『東京地裁判決平成10.6.26』において、原告であった共産党に事実上の敗訴となる棄却判決が下りました」
国税庁の「政党への不動産などの遺贈に対しては、国税庁長官の承認を受けなければ、みなし譲渡課税がかかる」という見解に対し、日本共産党は当時、政党が「法人格なき社団」であったことなどを理由に争ったが、東京地裁は政党への個人からの遺贈も「みなし譲渡課税の対象となる」という判決を下した。
共産党は控訴しなかったため、それが現在でも東京地裁に判例(裁判例)として残っている。
ちなみに、「みなし譲渡課税」とは、個人が法人に資産を無償で譲渡(贈与)したり、個人が法人に資産を著しく低額で譲渡したりした場合などに、その法人には所得税がかかるというもの。
そもそも政党には、個人から不動産などの寄付を受ける際に贈与税や相続税などは課税されない。さらに現在の政党は、税法など法律上は「公益法人」に当たり、明確な政治活動目的の事業に関しては、ほとんどが原則無税だ。
作家・森村氏の遺産を遺贈
たしかに税制上、政党にも不動産譲渡・取得する際の不動産登録税や不動産取得税、消費税などはかかるものの、その際の法人税や保有時の固定資産税、都市計画税、売却時の譲渡所得税や住民税などは、党が会計情報を公開しない限り、第三者にはブラックボックスとなる。
特に法人税や所得税は、どこまでが政治活動でどこまでがそうではないか、「グレーゾーン」になりやすい。そして、そもそも通常の不動産取引は政治活動と言えるのだろうか。
さらに政治資金規正法で規定されている個人寄付への量的制限は二千万円以下だが、同じ個人寄付でも遺贈する場合には上限が一切ない。最後に、昨年十一月、共産党の政治資金で最も話題となったのは、作家・森村桂氏の夫が莫大な遺産を共産党に遺贈した一件である。
森村桂氏は、一九六六年に『天国に一番近い島』でベストセラー作家となり、長野県の軽井沢と東京の杉並区に広大な敷地の上に建てられた邸宅を持つ人気作家だったが、二〇〇四年九月に亡くなった。
また、夫の三宅一郎氏は愛媛大学出身で、ビクター音楽産業の社員時代の七九年、森村氏と結婚。森村氏の築いた遺産を相続した。
そのなかには、美智子皇后陛下(当時)も訪れ、森村氏手作りのジャムとケーキが名物の南軽井沢カフェ「アリスの丘ティールーム」の跡地も含まれている。そして三宅氏は生前の一六年九月、日本共産党に「遺産すべてを遺贈する」という内容の遺言を残していた。
三宅氏は、二十一年十一月二日に軽井沢の自宅で死去した。
三宅氏が共産党に遺贈した理由と経緯については、地元軽井沢ではいまも諸説があるが、「もともと本人が共産党にシンパシーを感じていたことと、地元共産党員から熱心に遺贈するようよう三宅氏が勧誘を受けていたことの二つ理由がある」と地元関係者は語る。
今回は、改めて三宅氏の所有していた軽井沢の土地と建物など遺贈された不動産を詳しく調べると、驚くべき事実が判明した。三宅氏の友人はこう語る。
「三宅さんは森村さんの資産だった軽井沢の家と建物を相続した資産家だと言われていましたが、三宅さん本人も地元の不動産を買い集めて、合計三十一筆もの土地・建物を所有していました。
もともと人に頼まれると嫌と言えない性格で、少し広い山林から小さいガラクタのような土地・建物まで実に多くの不動産を所有。北海道の物件もあり、総面積は約二万五千㎡もあったそうです。
対応した共産党中央委員会では、財務・業務委員会の大久保健三さんが軽井沢に何人かのスタッフを連れて来ていましたが、調査に半年以上はかかったのではないでしょうか」
その広大な軽井沢の不動産を、共産党はどのように処分しようとしたのか。二一年の政治資金収支報告書によると、共産党が所有していた四筆分の土地については、東京都練馬区の医療系会社に対して売却した形になっている。
軽井沢、謎多き土地売買
しかし、この医療系会社のK社長に話を聞くと、「私はお金を出しただけで、あとは不動産会社にやってもらっている。軽井沢のその会社に聞いてもらえませんか」と言う。そこで、軽井沢にある株式会社成和の内堀社長に聞いた。
「最初に共産党から人づてに持ってこられた話は、三宅さんの持っている土地建物をまとめて一括で買ってくれるところはないか、という話でした。当初、共産党から提示された売買金額は六億円でした。それを私が、『五億円にしてくれ』と言って負けてもらったのです。
地積については、境界線が不明で測量をやり直したりして確定させるのが大変だったようですが、全部で約二万五千㎡だったと聞いています。共産党にはこちらの条件を承知していただき、東京の医療関係のK社長さんが出資する“まとめて一括”という形にして、購入することにしました」
内堀氏によると、遺族への説明などは共産党が行い、物件の数を表す土地の数は「帳簿を見ないと不明だが、たしか三十一筆だった」という。
しかし、その証言を令和三年分の政治資金収支報告書と照合してみると、まず共産党が修正申告し、新たに記載された軽井沢の三宅氏の物件数については、「大字長倉四番地百七十、(同)十九の二十九、五百九十四の一〇、六五〇の一」の四筆のみで、しかも面積は「一万九千五百一・五十五㎡」と数字が大きく食い違う。
さらに調べてみると、同じ軽井沢町内の「アリスの丘」の近くの別の土地に、「有限会社しなの企画」が存在した。会社謄本によると、「しなの企画」は三宅一郎氏が森村氏の亡くなった約三年後の九六年四月、一株五万円の株式を六十株発行して設立された資本金三百万円の有限会社で社である。
この「しなの企画」には、当初もう一人役員がいたが、十二年に辞任。事実上、三宅氏の「一人社長」の会社だったが、死去後の二十三年七月に解散、前年九月に新しく就任した清算人S氏によって清算されている。「しなの企画」は、かつては土地建物も所有し、土地面積は六百四十五・五一㎡であるが、なぜか共産党の所有とならずに二三年二月、直接、先の東京の医療関係会社へ所有権が移転され、現在では個人に転売されている。
この土地に関して先の内堀社長に聞くと、「三宅さんの会社の所有土地だったから別枠にし、共産党の所有にしなかったのではないか。会社整理の詳しいことはわからないので、清算人に聞いてください」という。
そこで、東京で税理士事務所を営む清算人のS氏に聞くと、「私は税理士ですから、依頼主からの守秘義務があるので、その件の内容は話せません。依頼主は共産党で、共産党が株式を譲り受けてオーナーになっていますから」とだけ語った。
ちなみにS氏は「しなの企画」の清算人に就任後の二十三年十二月、共産党へ五十万円の政治献金を渡す一方で、共産党は「しなの企画」についての政治資金収支報告上の記載を一切行っていない。
企業献金であり、裏金か
周知のように共産党は、「企業団体献金の全面禁止」を訴え、自らも機関紙「しんぶん赤旗」などで「企業団体献金を一切受け取っていない」と公言している。
遺贈や会社の相続問題に詳しい持田秀樹弁護士はこう語る。
「三宅氏がその全財産を包括的に日本共産党へ遺贈する遺言をしていたとすると、共産党が遺贈を承認することによって、三宅氏の保有していた『しなの企画』の株式は共産党に移転することになります。三宅氏の死後、同社は清算されていますから、株主である共産党は清算後の残余財産の分配を受けているはずです。
そうすると、結局のところ、共産党は企業家から企業活動の利益をもらっているのだから、企業献金を受けたものと同視できるでしょう」
わかりやすく言うと、三宅氏の会社の全ての財産の遺贈を承認した際の共産党は、「しなの企画」の発行済み株式も取得する必要があり、同時にそれは「企業献金を受けた」ものとして見られてしまうのだ。
この「しなの企画」の土地については「別枠」で処理されていたため、政治資金収支報告書に記載されていないのは理解できるが、株式については記載していないのではないか。すなわち、政治資金の「不記載疑惑」である。
共産党が三宅氏の所有する会社を整理するために、手続き上株式譲渡を受けて「会社のオーナー」なっている以上、共産党が株式の三分の二以上保有していなかったとは考えられず、この事実は政治資金規正法違反の「不記載」に当たりかねない。
ちなみに、一般的は定義としては、政治資金収支報告書に記載されていない政治資金収入のことを「裏金」と呼ぶが、この資本金に充てた所有う株式分などの資金は、実に「党が表には出せなかった裏金ではないか」という大きな疑問さえ残るのである。
これらの「疑問」や「疑惑」に関して、本誌編集部から共産党中央委員会広報部に対して、財務・業務委員会の大久保健三事務局長同席のうえでの取材を求めたが、六月十四日、以上のような返答があった。
「公開している以上のことは何もありませんので、取材はお断りさせていただきます」
一般の共産党党員にも、このような不動産取引の詳しい経緯はほとんど知らされていない。
(終)
↑
山村 明義さん!!!GJです!!!
「不記載疑惑」というより、「不記載」そのものじゃないですか!!!!
三宅一郎氏の会社を遺贈されて、その処分に税理士を雇い、処分したのは紛れもなく「共産党」なんですからね。
だって、会社の清算人で共産党に個人献金までしている税理士は「依頼主は共産党で共産党が株式を譲り受けて、オーナーになっていますから」って答えているわけです。収支報告書に株式を収入として記載しなければいけません。それをせず、清算人を立てて不動産を売り払ってますもんね。*株を全部遺贈で譲り受けている共産党だから、税理士に財産を清算する依頼が出来たのですね。
この記事、一年近く経ちますが、全く問題視されていませんよね視オールドメディアは共産党をはじめ左派政党には黙ってみて見ぬふりをするんです。
共産党が会社のオーナーから会社の財産の遺贈を受けて、不記載!!!!
企業からの献金となるのが嫌だったのか、政治資金規正法違反の道を選ぶ!!!!
って風にしか、筆者は思えません。
この話が拡散されるといいな~。

























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