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山尾志桜里が破壊した幸せだった家族。週刊文春の記事をわかりやすくしてみました。

山尾志桜里も悪いが、倉持弁護士が別れた妻に対してとった仕打ちが許せなくなった。

既に皆んさんは「山尾志桜里さん、夫と息子を返して」週刊文春の2018.3.29
をご覧になられたと思いますが、
さらっと読んだだけでは、記憶に留まりません。
そこで時系列を分かりやすくして、離婚した奥様の告白をご説明します。
話は昨年2017年8月12日から始まります。
8月12日
2年前(2015年)の4月に結婚した倉持夫婦はその年に生まれた長男(2歳)と鉄道博物館へ行きました。東北新幹線の前で仲良く親子3人の幸せなひと時が写っています。
8月14日
倉持夫人(以下A子という)はその二日後急に呂律が回らなくなり、視界がぼやけ、手がしびれるなどの症状が出て夜間に救急病院に行き、「左脳動脈狭窄症」と診断され、放置すると脳梗塞になると医者から言われる。                            
8月15日
A子さんが仕事を休むと、倉持本人から「実家に帰った方がいい」と薦められ実家に帰ることにする。
ここからA子さんが実家に帰り、倉持氏が1人で自宅にいることになる。。
8月28日
PM8:00
タクシーから降りた2人(山尾と倉持)は倉持氏の自宅マンションに消え、山尾氏が姿を見せたのは翌日(29日)の早朝4時半。8時間に及ぶ滞在だった。
倉持氏はその日(少なくともPM8時以前に)A子さんに「今日はシーツを洗ってきた」とLINEでメッセージを送っている。
だから、その日は洗ったシーツのベットで寝た。ということだ。
*A子さんは結婚してから1度もそんなことをしたことがなかったので不審に思う。
8月31日
2人(山尾と倉持)は倉持氏の自宅近くのイタリアンレストランで食事。
PM9:30ころ
店を出ると、倉持氏は自転車で。山尾氏は徒歩、2人は時間差でマンションへと消えた。山尾氏が出てきたのは翌日の午前2時半。約4時間に及ぶ滞在だった。
9月1日
A子さんは倉持氏には連絡を入れず、荷物を置くために自宅に戻った。
(この時A子さんが自宅に戻る事を倉持氏は知らない)
そこでいくつもの異変に気付いた。
ベットのマットレスの下に敷くカバーがずれ落ちていた。
キッチンにいくつものゴミ袋が置かれ、何本ものお酒のビン、倉持が食べないはずの食べかけのポテトチップス。
リビングに飾ってあった披露宴のウェルカムボードが無くなっていて探すとクローゼツトに隠されていた。
9月2日
倉持氏は日帰り出張だとA子さんに言って名古屋の山尾氏の選挙区絡みのイベントに出席した。
A子さんはその日長男と自宅に戻った。すると、いくつかの異変に気付く。
お風呂の排水溝が綺麗に掃除されていた。
昨日まで置かれていたゴミ袋が無くなっていた。
PM7:49
倉持氏から「これから愛知県と最後の会議」、そして「今日は帰るのは難しそうだから泊まって、朝一で帰るね」とLINEメッセージがA子さんにくる。
PM8:00
山尾氏が品川プリンスホテルの大きなベットが1つ置かれているコンパクトなダブルルーム(21㎡)にチェツクインして入室。
PM8:20
倉持氏が黒いキャリーケースと白のレジ袋を持って同室に入室。
PM10:55
倉持氏がA子さんに「A子なにしているの」「明日は公園いこ」というメッセージを送る。
9月3日
AM5:00この時間まで2人がホテルに滞在していたことを週刊文春が確認。
AM10:00ごろ倉持氏が自宅に戻る。
PM3:00ごろ倉持氏は「民主党に呼ばれて議員会館に行く」と言って出かける。
PM4:00ごろ山尾氏が倉持氏の弁護士事務所に訪れていた。
PM5:00ごろ姿を現した2人が乗り込んだのはアウディ。その後山尾氏の自宅マンションで山尾氏が下車。週刊文春が突撃。山尾氏は「事務所で対応する」と言い残し、その場を去る。
帰宅した倉持氏にも話を聞いたが「(自宅に招いた)記憶はない」と答えた。
9月4日
倉持氏「自分は狙われハメられた。政治に深入りし過ぎた」「蓮舫さんや辻元さんは年齢が上過ぎるので、(自分の)相手ではおかしい。山尾さんは40代でいい歳なので、相手として作られてしまったんだ」とA子さんに言う。
9月5日
A子さんがネットでスキャンダルが大騒ぎになっているので仕事中の倉持氏に聞くと「家に帰って話す」と言われ、帰宅して倉持は「山尾さんとは仕事で会っていた。ここ数カ月、毎晩のように会っていた。でも、それは仕事。お酒を飲んだりしたけど、それも仕事」仕事の一点張り、一切謝罪なしで、それどころか「説明につかれた」と不貞腐れたような態度をとることもあった。
9月6日
週刊文春が山尾と倉持の密会をスクープ速報として短く報道。
倉持氏は「民進党にホテルニューオータニで匿われている。殺害予告が出たから身辺警護をしてもらっている」と言って家に帰らなくなる。
A子さんが「自宅に山尾さんを入れたの?」と、聞くと「食事に行くから山尾さんが家に迎えにきただけ。玄関しか入ってない」と説明。
9月7日
週刊文春発売。
読んだA子さんはベツトカバーの乱れ、シーツの洗濯、排水溝の掃除、クローゼッツトのウェルカムボード、総てが繋がった。
山尾氏が書面を読み上げるだけで質問を受け付けない会見を開く。
「本件記事記載のホテルには私1人で宿泊いたしました。倉持弁護士と男女の関係はありません、、、、、」
倉持氏も事務所のホームページで釈明を行う。
最後の記載には「男女の関係はありませんが、結果的に誤解を生じさせるような状況があったことについて、深く反省しています」とある。
大きなショックを受けたA子さん。
だが、倉持氏はそんなA子さんをさらに追い詰める。
証言するのはA子さんの知人。
「A子は彼の裏切りを知りながらも、子供の事を優先し、事を荒立てないように気を遣っていました。ただどうしても山尾さんが入った寝室で寝る事だけは耐えられず『新しい家に引っ越ししたい』と倉持氏に提案したのです。
一度は同意していた倉持氏ですが、10月1日に突然、離婚を切り出してきたのです。
『一緒に暮らしていく自信がない。相対的に考えた結論だ。これまでも離婚をずっと模索していた』とA子に告げたそうです。」
A子さんは、倉持氏から離婚協議書を突きつけられたときは、涙がとまらなかった。「この紙は何だろう。一体、私に何が起きているのだろう」って。
9月5日からずっと悩んで眠る事もできず心配ばかりの毎日をすごしていたA子さん。さぞ悲しかったことでしょう。彼女は「何も考えられなくて頭が真っ白になるだけでした」と述べている。
10月1日
倉持は荷物をまとめて出ていく。
その後はA子さんがメールを送っても、
「離婚しよう」
「離婚してもしっかりフォローする」と、ごり押ししてくるだけ。
さらには
文春に話すなんて言ったら○○○(長男)も含めて破滅だからね」と釘を刺してくることもありました。
11月には、倉持氏が山尾氏の政策顧問就任することを発表。2人は新聞や雑誌のインタビューや憲法改正問題のイベント等にも一緒に登壇した。
A子さんは脳梗塞の不安もあって休職中でお金もない。離婚されたらどうすればいいのだろう。という恐怖と不安で押しつぶされそうに毎日だったと述べている。
A子さん自身は覚えてないが、ある日倉持と山尾の記事を目にして「あーー!」と叫びだし、自傷行為を始めた事を母から聞いた。
医者に通い抗うつ剤を処方してもらう。
11月27日
A子さんと倉持氏の離婚が成立。長男の親権は倉持氏が持つことになる。
A子さんは渋谷区の自宅マンションから追い立てられるように退去させられ、実家で生活を余儀なくされた。
A子さんの知人は
「当時A子は憔悴しきっていて、物事を冷静に判断できる状態になかった。結局、倉持氏の求める離婚に応じ、生活や健康上の不安もあり、親権まで彼に渡ってしまった」
と話す。
A子さん
「離婚に向けた話し合いは、一度も会うことなく、すべてLINEで済まされました。山尾さんは男女の関係を否定し、倉持もブログで「多大な迷惑をかけた妻、子、および家族に対して心から謝罪したい」と書いていました、にもかかわらず、家庭は壊され、事件後、私と倉持が生活を共にしたのはわずか7日あまり。すべてが離婚ありきで話が進んでいった。
離婚が成立した当日の朝、私は長男を保育園に送って行きました。その日をもって息子は、私の手を離れることになった。」
*次号に続く

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