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圧力をかけていたのは獣医学会の方だった。マスコミが絶対取り上げない、前愛媛県知事「加戸守行」氏の加計学園獣医学部誘致の実態。

前の愛媛県知事だった「加戸守行」氏が、
当時、どのように獣医学部を誘致してきたのか、当時の様子を語っている。
絶対に朝日新聞や毎日新聞、東京中日新聞らが取り上げない正に当事者の実話。
週刊誌である「海南タイムズ」で語っている。
海南タイムズ 平成29年5月5日号
第二の森友学園と喧伝される今治市への岡山理科大学獣医学部新設。野党やメディアの追及は‟安倍叩き”の様相だ。
何かと引き合いに出される加戸さんに聞く。
(中略)
 
(加戸)
「私が今、一番頭にきているのは十年も前から必死にやってきたことを潰そうという動きなんです。要は‟安倍叩き”をやりたい訳でしょ。
民進党などが国会で声を荒げてやっているのを見るにつけ、『この人たちは何を考えているんだ』って言いたくなります。
大阪は小学校ですが、こちらは大学で完成年度には二千二百人の教職員と学生が今治市に住む。十六万人の都市にです。
企業誘致でも二千人を超える従業員が居住してくれる企業なんてまずありません。
まさに地方再興の鍵となりそうな大きなプロジェクトであって今治市にとっては死活問題です。
そして愛媛県にとっても獣医師不足の問題を解消するために獣医学部の誘致はなにより大切なことなんです」
「知事に就任した当時、山林を切り拓いて土地を整備して新しい都市を造ろうという構想が今治市にあったのですが、企業誘致の見込みがないということで計画はストップしました。
その後、衆院議員の村上誠一郎さんが、『加戸さん、今治の新都市構想をぜひ進めたいので協力してくださいよ』と。
そこで私と二人で当時の建設省の都市局長と都市整備公団の総裁に会って新都市構想の事業採択のお願いをし、『国の方も検討しましょう』ということで構想が始動しました」
(記者)
何年前ですか?
(加戸)
平成十一、二年だから十七年前になりますかね。
スタートは多摩田園都市構想ですとよ。あれは巨大なものですがそのミニ地方版が今治新都市構想です。スタジアムを造る話などもありましたが、あくまでも学園都市という構想を掲げて着工しました。
最初、松山大学に声を掛けました。当時の経済学部は信じられないでしょうけどマルクス経済学が必須科目という、全国でも稀有な大学でした。
平成十三年に学長に就任された青野勝広学長はそうした大学の体質を変えようという意欲を持ってた方でした。
マルクスで鍛えられた学生を送っても企業が採用してくれないんじゃないかという懸念もありましたから、そこで観念論ではなくより実践的で即戦力になり得る学生を養成する実践経営学部だったか、そんな構想を持って今治の新都市へと具体化を進めていました」
(記者)
造成と同時進行?
(加戸)
「そうです。すると学長の独断だ、独走だと反発を受けて教授会で否決されました。松山大学が来てくれるなら今治市がタダで土地を提供しましょうということになっていました。
安倍総理が口をきいてくれたからではありません。
その後、東海大学からも打診がありましたが具体化はしませんでした。
そして、越智忍市長が就任されたときでした。本宮勇県議の同級生が加計学園の事務局長でしたから、『今治に学園都市構想がある』というので学園から『獣医学部はどうでしょうか』という話を持ってきたんです。
↑ここまでが、5月5日号。
↓ここから、6月5日号。
岡山理科大学の運営母体、学校法人「加計学園」側から獣医学部新設の話が転がりこんできた。学部新設の申請を(他の大学から)ダメ出しされていたさなかに。
(記者)
加計学園からの話?
(加戸)
「越智忍今治市長が就任した当時の平成十七年で、第一次安倍内閣の誕生は翌十八年九月ですから小泉内閣のときにこの話が持ち込まれてきました。
新学園都市構想の実現によって今治市の活性化を図りたい、そして愛媛県として困っていた慢性的な獣医師不足という課題解消のためです」
(記者)
獣医師の不足、、、
(加戸)
ご承知のように獣医師というのは動物病院で犬や猫といった家庭のペットを診ているだけならば肉体的にもそう負担にはならないのでしょうが、牛とか馬といった産業動物がお産をする時には真夜中であっても出掛けて行って世話をしなければなりません。
また、動物園では象やライオンといったさまざまな種類の野生動物の健康管理もしなければならない。
言うなれば、決して楽ではない力仕事という面があって、獣医師はペット診療の方へと流れていきました。
獣医師の人材を募集しても応募は少なく、志願者があったとしても県職員の受験者は公務員試験を突破しなければならないという関門があります。だけど欠員の補充は必要ですから、現実に即した柔軟な対応をとらざるを得ないという現状もありました。
県行政で公衆衛生を担当する医師がいないという深刻な問題を解消するために獣医師の人材確保に頭を抱えていた訳です」
(記者)
医師に代えて、ですか
(加戸)
「公衆衛生というのは専門家の医師が必要ですが、獣医師も家畜由来の伝染病といった公衆衛生の指導を行うことができます。もちろん県の保健福祉部長とか保健所長も医師ですが、医師そのものが来てくれませんから絶対数が不足しています。
感染症に関する基礎教養は獣医師も学んでいますから法律的に問題はありません。
ですから医師がダメなら獣医師を充てようと。しかし慢性的な獣医師不足の状態という状況にあってなかなか現状を打開できません。
私の知事時代には県外ながら各地で鳥インフルエンザが発生する、狂牛病の騒動や口蹄疫といった家畜法定伝染病も起きましたよね。
牛や豚など偶蹄目の家畜が感染する口蹄疫の発生は豊後水道をはさんだ宮崎県でしたから、愛媛にはいったら大変だというので水際作戦を徹底しました。八幡浜港だけでなく、中国地方を経由してやってくる車両を高浜港でも徹底的に検疫しました。タイヤだけでなく人の靴も消毒するなど、何とかして上陸させないように徹夜に近い状態で作業をした訳です。
もっといえば、検体を確認するには東京まで行かねばなりませんし、相談する専門機関もありません。
愛媛に獣医学部があればそういった相談の対応も可能でしょう。ですから『獣医学部はどうでしょうか』とくれば、‟渡りに船”っていうものです。是非お願いしようということで、今治市に働きかけて県と市の二人三脚での誘致を進めました」
(記者)
‟一石二鳥”と
(加戸)
「そうです。愛媛県は獣医師の確保と公衆衛生の行政など、今治市はまちの活性化への学園都市実現というお互いの目的に合致した構想が獣医学部誘致で実現することになります。
言うなれば‟一石三鳥”という大切な目標達成が現実となる訳です。
ところが、すでに四十年も前から医学部と獣医学部の入学定員を増やすな、という流れがありました。ただ、医師不足だけは困るというので全国に医学部を新設して意思をふやしましたけど」
(記者)
獣医師の絶対数は?
(加戸)
「足りてはいません。ですが獣医学部の新設ということは非常に難しい。ごく簡単にいえば、学部の新設や定員増となると文科省は農水省に打診をし、農水省は日本獣医学会にも意見を聞く。
ところが獣医師会はというと学部新設には断固反対ですから、‟獣医師は足りています。新設の必要はありません”と」
(記者)
何故反対を
(加戸)
「獣医学部(獣医学科)の私学は全国で五大学あります。
東京に四大学が集中していて日本大学、北里大学、麻布大学、日本獣医生命科学大学(日本獣医畜産大学から改称)の四大学です。
それから北海道に酪農学園大学が一つあって全部で五つの大学です」
(記者)
西日本に私学は?
(加戸)
「ありません。私立大学に限っては地域偏在も甚だしい。
私学の募集定員は日本獣医生命科学大学が八十人のほか、四大学でいずれも百二十人です。
これらの定員だけで国公立を合わせた全国の獣医師の半分を占めています」
(記者)
国公立は、、、
(加戸)
「国公立大学だと西日本には大阪市立大学(定員四十人)をはじめ鳥取、山口、宮崎、鹿児島の五大学にあって定員は三十人です。この国公立の五大学の定員を全部合わせても私立の一校分ほど、国公立と私学の全国十六の大学で年間約千人の獣医師が卒業していますが、人材を養成する大学のほぼ八割が箱根の関所から東側で西軍が二割です。
関ケ原の合戦という訳ではありませんが(笑)。
しかも、私学は水増し入学で百二十人の定員なら百五十人ぐらいは入学させていますよね。
言うなれば一極集中の典型という、弊害の最たるものが獣医学部でした。
‟オレたちの牙城を荒らすようなことは許さない。地方ごときがなんだ”
と言わんばかりです。
日本獣医師会という公益社団法人は東京の私学出身者で占められていますから、母校を発展させるために獣医学部の新設は認めないという発想なんですよね」
【参考】
日本獣医師会の蔵内勇夫会長は
「獣医師の地域偏在や職域偏在はあるが、全国的観点から言えば獣医師数は不足していない。なぜ新たな獣医師養成大学を設置するのか理解できない。暴挙と言うべき国家戦略特区による獣医学部、学科の新設反対を今後も主張していく」
などと述べている。
(記者)
獣医師会は大学の地域偏在は認めています
(加戸)
「卒業しても獣医師の多くはペットといった動物診療の方に流れていきますから、公務員として防疫や検疫といった家畜衛生をはじめ人と動物の共通の感染症の予防や食肉、魚肉等の衛生を監視する公衆衛生、研究に携わる業務など本来必要な獣医師は不足している状態です」
(記者)
備えも必要
(加戸)
しかも中四国で一番の畜産県は愛媛ですから、なおのこと獣医師の必要性を感じていました。
ですから、‟渡りに船”となりますよね。‟ぜひともやってください。支援は惜しみませんから”
という切実な思いです。
当時、小泉内閣に構造改革特区というのがあって、そうした高い障壁を崩す手段は特区しかないということで申請を何回も何回も繰り返しました。合わせて十四回ほど申請書類を書きましたね、だけどその度にはねられて
そうすると東京から獣医師会関係の方々が突然、やって来ました」
 
(記者)
どんな顔ぶれが
(加戸)
「五つの私大で組織する日本私立獣医科大学協会の会長らです。その当時の会長で獣医学部長(現、生物資源科学部)などを経て日本大学の総長になった酒井建夫氏、北村直人という酪農学園大学出身の国会議員です。
北村氏は日本獣医師会の顧問でもありました。
この二人が知事室にやって来て もっぱら話したのは北村氏ですが、 要は
‟愛媛に獣医学部の大学をつくらないでほしい。獣医師が欲しかったら(県の職員を)東京の大学に派遣して下さい。立派に養成してお返ししますから”ということです」
(記者)
特区申請を繰り返している時?
(加戸)
「そうです。‟特区申請を取り下げてほしい。私たちがちゃんと愛媛の獣医師の面倒はみてあげるから”という主張ですね。
国会議員が来られるというのでいざお会いしてみたら、特区申請を取り下げてほしいと、、、
私は反論したんです。
獣医学部は東京に一極集中している。地方というと何かと疲弊していて、そうした地方振興を図ろうと躍起なんですよと。
さらには、四国には獣医師が足りないからこの空白地帯に是非とも獣医学部を誘致したいんだと。
すると北村氏は、
‟あんなところに獣医学部をつくらせても十分なものはできない”と加計学園の中傷を始めました。
日大総長を帯同すれば愛媛県知事はひれ伏すとでも思っていたんでしょうかね(笑)。
私は、何も加計学園である必要性はない。酒井さんの大学の第二獣医学部でも今治へ持ってきてくれませんか、喜んでお請けしますよって言ったんです。
酒井氏は首をタテには振りませんでしたが(笑)」
以上が六月五日号までです。
既得権益を打破しないと困っていた愛媛県の獣医師問題。
特区で打破しようと、懸命に頑張っていた当時の知事。
みなさん、お判りでしょう?
既得権益を守ろうとする輩が知事室に乗り込んで、文科省の天下り先大学のナンバーワンである日大の総長を連れて、元文部科学省のキャリアの加戸知事に、特区申請を取り下げろと言う。
脅しかい!
どちらが正しいかよ~~~~く判った。
 
 
 
 
 
 

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