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2016年1月

+週刊文春が裏の社会の人間と取引。週刊文春は元右翼構成員と共謀して罠にハメていた。その②

号からの続きです。
さて、次なる疑問。
何故?数多の国会議員や閣僚がいる中で、甘利さんのところに行ったのか?
週刊新潮の取材によると、
一色の知人の話として
会社を経営していた時期もある。妻も子供もいて、
「フィリピンパブが好きでね。一時はフィリピンピンの女性と暮らしていたこともある」
 
これを読むと、清島所長と鈴木秘書がフィリピンパブが気に入るようになったのは、一色のせいではないのか?
 
わざと、キャバクラやフィリピンパブに誘ってメロメロにさせた。とも思えてしまいます。
 
もしかすると文春の、
「甘利事務所所長が現金に思わずニンマリ」という写真の時の『知人に頼まれて、ある外国人のビザの申請で便宜を図ってもらおうと、甘利事務所の力を借りていました。秘書が動くには経費がかかると所長から言われたため、この日、10万円を所長に、もう1つの封筒は政策秘書の方に渡してください」
という意味で預けたのです。
と、本件(UR)の事とは全く関係のない、陳情を作って金を受け取らせているのだが、これは空想だが、フィリピンダンサー関係者の陳情ではなかったのか?
 
清島所長は、陳情内容がフィリピンダンサーだったので、思わずニッコリしてしまった。とも思えるのだ。
 
だとすると、一色はその授受の写真を撮らせるためにわざわざ新しい陳情(本当は陳情しなくてもビザが下りる、頼む必要のない陳情)を作り出し、金銭授受を写真を撮らせた。
 
完全にハメるために。
そして、その罠に週刊文春が協力した。いわば、ひっかけ「盗撮」だという事になる。
 
 
(本題に入る)
何故甘利事務所に陳情したのか?
 
一色は、週刊文春2月4日号で語っているように、1996(平成8)年から1997(平成9)年ごろ、「ある漁業権の売買に関する相談事があり、Iさんが『明君に相談へ行こう』と言い、大和事務所を訪れていた経験がある。
 
しかし、甘利大臣の記者会見によると、甘利大臣は
このころ(平成8~9年)、僧侶が来られて北方領土の漁業権の相談を受けたことがあります。僧侶が誰かを連れてきたかは記憶にないが、僧侶の相談は漁業権を買い上げてもらいたいというもので、とても無理な話なのでその旨伝えて相談は終わったと思います。後日、この漁業権の話はときどき出てくる話で筋が悪いと役所から聞いた覚えがあります。
と、言っています。
 
大和事務所のC秘書が外務省に問い合わせて無理であることが分かったので、C秘書がその人にその旨を伝えたところ、「なにもできねえじゃねえか!」などと捨て台詞をはいて出て行ったことがあるとのことでした。
 
C秘書は一色が平成25年5月に事務所に来たとき、「前にお会いしましたよね」と尋ねたところ、彼は嘘をついて「いや、初めてです」と答えているのです。
 
なので、一色は甘利事務所は何度か来ているし、場所も分かる。しかし、漁業権の陳情の時に夢を見たのに、潰された。という過去があるのです。
 
そして、
週刊新潮によると、

東京八王子市を拠点とする右翼団体Aの元会長のコメント

「一色が俺のところに来たのは20年くらい前」

「一色を新宿の小田急百貨店の前で街頭演説に1,2回連れて行った」

「領収書なんか取っておいて、いつ誰と会ったかも全部メモしているような奴だった」

「いつの間にか、薩摩興業の総務担当になっていたとは、驚いたね」

「薩摩興業は今回の土地トラブルで、URから損害賠償金や立ち退き料を取ろうとしていた。今から9年前くらい前のことです。そこで、薩摩(興業)は、うち(右翼団体A)と私が親しくしていた神奈川県のBという右翼団体に協力を依頼して生きた。

その際、薩摩からうちの団体とBは共同で300万円、受け取っています。」

 

右翼団体Bの元幹部のコメント

Bの会長は大臣もやった元国会議員と親しく、最初はこの人にURとの交渉を任せた

元大臣は『URから5億円取れる』なんて言っていたが、結局うまくいかず、一時、URの道路整備の工事もストップしてしまった。

 

ここで出てくる、元大臣とは永田町の噂では元農水大臣をした民主党田名部匡省だといわれている。

 

 

記事に戻る

 

これに薩摩の社長は激怒してね。社長はURから何も取れないのなら、交渉はもういい。我々に『1000万円払え』と言い出したのです」

右翼団体に300万で仕事を依頼し、出来ないからといって、1000万円要求できる企業って?間違いなくフロントでしょう!どこの広域団体がついているのかは知ってるけど言わない。

 

 

記事に戻る

 

「薩摩の社長には、私の部下と一色が交渉を続け、きちんと経過報告することで納得してもらった。そして、部下と一色はこれを機に薩摩興業の名刺を持つようになったのです」

 

ここまで、一色氏ら右翼団体が民主党の元国会議員に陳情したが、ダメで、薩摩興業の総務担当として名刺を持てるようになった。というところまでは分かったが、では

何故?

数多の現職閣僚の中で、甘利大臣に接近しようと思ったのかが、分からなかったが、新潮はそこも突き止めている。

 

週刊新潮の記事

 

元国会議員を使っても、うまくいかなかったURとの交渉。そこで一色氏が目を付けたのが、現職閣僚の甘利氏だった。(右翼団体Bの)元幹部が続ける。

「彼(一色)は、右翼団体の他に『政府認定特定非営利活動法人(NPO)国際人権教育推進センター副理事長』の名刺を持っていた。実はこのNPOの前理事長は、甘利さんの父親(故、甘利正代議士)の元秘書で、甘利さんとも昵懇でした。一色は、前理事長に何度も“甘利さんを紹介してもらえないか”と頼んでいたそうです。甘利さんに信用してもらおうと、ここの副理事の肩書を利用しようとしたのでしょう」

 

もっとも「国際人権教育センター」に一色氏について聞くと、

「一色という人は知っていますが、当NPOの副理事長ではありませんし、それどころか会員でもない。名刺は勝手に作ったものでしょう。とんでもない話ですよ。彼とは、4,5年前、全理事長の事務所で4回くらい会ったことがある。うちの会員になりたいというので、入会金と年会費を払ってください、と言ったらそれっきり。前理事長も一色を警戒していた。甘利さんに会いたがっているのを知っていましたから、甘利事務所にも彼とは会わないよう警告していたはず」(小宮隆副理事長)

結局、別ルートを使って、甘利事務所に接触を図ったわけだが、

「一色さんは、当初、甘利さん側に『後援会を作る』と言って接近したそうです。

将来、総理を目指している甘利さんは、全国に後援会組織を作り、広く浅くカネ集めしたい。千葉に新しく後援会を作ると持ちかけられ、飛びついたのかもしれなません」(甘利氏の側近)

結果として、一色氏は13年(平成25年)5月、甘利事務所の清島健一秘書を訪ね、URへの口利きを依頼した。清島秘書とは、数か月前に知人の紹介で知り合ったという。

千葉はの財界関係者こう証言する。

「14年初め、薩摩興業の社長から『甘利さんの後援会幹部で、うちの社員です』と一色さんを紹介されました。しばらくすると、『千葉県甘山会』の発会式の案内が来たのです。この時、甘利さんの後援会は『甘山会』と呼ばれていることを知りました」

 

つまり一色氏は、甘利氏の“後援会幹部”という顔を持っていた。とすれば、甘利事務所の秘書たちも「身内同然」と思っていたのかもしれない。

甘利氏の秘書が、一色氏から度重なる接待を受け、現金を受け取ったのも、後援者だからこそだったのか。

 

昔、陳情したことのある甘利事務所。その時はうまくいかなかった。

しかし、今では政権の重要閣僚だ。

右翼団体と薩摩興業の社長との約束で、一色は重い任務を課せれてしまったので、どうにかして甘利さんに近づいて、甘利さんに陳情すれば自分の顔が立ち、うまくいけば薩摩興業にも、右翼団体にもよく思われる。

 

そう思ったのでは?ないだろうか。

 

なるほど、

千葉県で後援会を立ち上げ、後援会の事務局長ずらして甘利事務所の秘書をお得意のフィリピパブに連れて行って、小遣いも渡し、メロメロ状態にさせていったのだ。

 

それも、自分の金を使ってではなく、薩摩興業という怒らせたら怖い社長の金で、、、

 

しかし、これで陳情もしやすくなった。後はUR関連の陳情がうまくいけばいいのだ。

 

もちろん、事の経過はせっついてくる、うざい薩摩興業の社長に報告するために録音なども含めて、お金を使った分、ちゃんと説明出来るようにしているのだ。

 

身を守る為に録音や札をコピーしたのは、薩摩興業の寺床社長対策だったのではないだろうか?

とも思えてきました。

それでは次の疑問である、

何故?週刊文春を巻き込んで、世に出す事になったのか?

次号に続きます、、、

 

 
 

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週刊文春が裏の社会の人間と取引。週刊文春は元右翼構成員と共謀して罠にハメていた。その①

今回の甘利事務所をハメた一色武という男。
 
何故?こんなに写真が撮られているのか?(しかも、写真を撮影しているのは文春のカメラマン)
 
何故?甘利さんだったのか?
 
何故?週刊文春にタレこんだのか?
そして、文春の記事と甘利さんが弁護士に秘書らを聞き取り調査した結果の違いを比べてみたい。
と思いました。
2016、1,28の週間文春で、
一色氏と大臣と仲良く握手をしている2ショットの写真を1ページ載せ、その時に50万を持って行って渡したとする1万円札のコピーも大きく掲載。その写真の下には一色武なる人物があたかも普通の建設会社の普通の総務担当者で62歳の初老のオジサン。として登場させている。(週刊文春が一色が元右翼団体の組員だった事を知らない訳がないのに、、、)
そして、お金を渡した理由を「当社とURの口利きをお願いするため」だ。大臣は「ありがとう」と言って封筒を受け取った。
と記事に書かれている。
 
しかし、ここでの疑問は、
本当にURへの謝礼だと言って渡したお金なのだろうか?渡した一色がもしも、URの件でお世話になった謝礼だと言って甘利大臣にお金を渡していたとすると、甘利大臣は受け取っていただろうか?
しかも、表に堂々と出して、収支報告書に記載し献金処理しているわけだ。
見返りの金であれば、裏金として表に出さず好き勝手に使い証拠隠滅していくもんだが、甘利大臣はそういう事が大嫌いな人なのだ。
次なる写真は清島秘書(所長)のバッチリ笑顔が撮れる位置からの隠し撮り。写真の右下には「甘利事務所所長が現金に思わずニンマリ」とタイトルをのせ、左下の説明には「馴れた手つきで『お預かりします』と答える清島所長。と書いている。
 
しかし、ここでの疑問は、
 
撮影した浅沼敦氏はどうやってこの写真を撮ることができたのか?
そのまた左下には一色氏と思われる人物が甘利事務所の鈴木秘書とUR千葉ニュータウンに出向く写真を掲載。
そして、その横の記事には
一色氏はこう続ける。
「証拠として残したメモを見ると、昨年だけで二人に二百十万円は手渡しています。会うたびに、キャバクラやフィリピンパブで接待もしている。これだけ賄賂を渡していれば、甘利大臣が当社の為に動いてくれると信じていました」
しかし、ここでの疑問は、
撮影した郡山総一郎氏はどうしてこの写真を撮ることができたのか?
週刊文春は自分たちが元右翼の協力者だと思われては堪らないと思い。以下のような説明(逃げ)を2月4日号で書いている
 
小誌が一色氏から、甘利事務所への口利きに関する具体的な話を聞いたのは昨年(27年)8月27日のことだ。と前置きして、
小誌は長期にわたり裏付け取材をすすめた。特に重視したのは、証言だけではなく、第三者にもわかる写真などの客観的な証拠を押さえることだった。
まず、一色氏や甘利事務所の秘書たちの行動確認をし、毎週昼食をとるという店で張り込んでいると、9月7日、一色氏が清島氏や鈴木氏と連れ立って現れた。
その後も、行動確認を続けると、行きつけの居酒屋からフィリピンパブへと流れる彼らの姿も複数回確認できた。
そして、10月19日、一色氏と清島氏が毎週ほぼ同じ時間に現れる喫茶店『F』で張り込んでいたところ、ついに現金授受の瞬間をカメラにとらえることに成功したのである。
あたかも、週刊文春が8月7日に一色からとんでもない話を聞いたので、独自に取材をして写真に収めたと言いたいようだ。
しかし、ここでの疑問は、
一色から「今日お金を清島に渡すから、絶対撮れよ!」とか、「店のここら辺に座るから、こちらから写真が撮れる」とか、事前にハメ撮りの打ち合わせをしていなかったか?
という事です。
このアングルでしかも清宮所長の笑顔までバッチリ撮るためには、どう考えてもハメ撮り。
そして、UR千葉ニュータウン事業本部に出向く一色と鈴木秘書の写真。
どう考えても、一色氏からの指示で、カメラマンを派遣し、文春と一色の両者が組んで写真撮影をしたとしか考えられない。
週刊文春は元右翼の構成員と組んで、甘利事務所をハメる共犯になりはしないだろうか?
文芸春秋社は裏の世界の人間と共謀して記事を書く会社なのか?そう思えてきますね。
 
そして、さらなる謎である、数多の閣僚の中で何故甘利事務所に陳情に行ったのか?
次号に続きます、、、
 
 
 
 
 

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山井和則がうちわ問題の時、静かだったけど、こういう事ですかね。

2014 やまのいカレンダーが完成しました!!     (2013年12月17日)

2013 年 12 月 17 日

平成26年のカレンダーが出来ました~!!!
と平成25年の12月17日のブログで告知しています。
山井和則議員の関連政治団体は
やまのい和則と日本の未来を創る会(資金管理団体)
やまのい和則後援会(その他の団体)
民主党京都府第6区総支部(政党支部)
の3つです。
ですが、どの収支報告書を見てみても、カレンダー(グッズ)に伴う事業収入が25年も26年も、ありません。
後援者を集めて会費とって、その会費を個人献金だとして収支報告書に記載し、個人献金がすごく多い議員だと見せかける飲食ありのパーティーを毎年開いていますが、
平成25年は、9月28日に開催しており、カレンダーは出来ていませんので、翌年のカレンダーを配るに事ができません。(会費を頂いて開催したパーティーなどで配るのは選挙違反ではありません)
事業収入が全くなくて、カレンダーを選挙区の方に無料で配布している。てことは?
うちわを無料で配布するのと同じことです。
ブーメランはこんなところにもありましたね。
 
 

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山尾志桜里 民主党衆議院議員 お前の「政治資金規正法違反」の説明責任を果たしてから、予算委員会で質問せい!

Photo
本日1月13日の衆議院予算員会で与党を追及していた民主党衆議院議員の「山尾志桜里」議員。
当ブログも山尾志桜里議員を追及すべく、愛知県選挙管理委員会のホームページを閲覧してみた。
なんとっ!
完全アウトじゃないですかっ!
今までよくバレなかったな~~、と思いますが、マイナーすぎてマスコミも調べもしなかったんでしょう。
(チェックのペン(レ点)まで入れているのに、そのままにしています。)
*個人がその他の政治団体及び公職の候補者に対してする寄付は150万円までです。
しかし、政治家が1つだけ持てる政治団体である資金管理団体には1000万円まで寄付ができます。
逆に言うと、1000万円までしか寄付が出来ません。
「政治資金規正法のあらまし」(11ページ6行目から)によると、→公職の候補者が自らの資金管理団体に対してする特定寄付以外の寄付(歳費等の自己資金による寄付)については、個別の制限の適用がありませんので、総枠制限(1000万円)の範囲内において寄付することができます
ですが、山尾志桜里議員の資金管理団体である「桜友会(おうゆうかい)」の平成24年の収支報告書を見てみると
7ページ↓
H24
8ページ↓
Photo_2
山尾志桜里議員個人からの寄付収入として、なななんとっ!
平成24年1月~11月までに、11回で合計11.440.000円。
1.440.000円が寄付制限を超えています。
明らかに、政治資金規正法違反です。
民主党山尾志桜里衆議院議員はご自分の政治資金規正法違反にどう応えるのか?
他人の言った事を追及して答弁を求めるより先に、ご自分の身を清めてから予算委員会の質問に立たれたほうが宜しいでしょうな。
さて、おおあわてでこっそり修正するのかな~?
チェックのレ点まで入れて気づかなかったなんて言い訳は通りませんね。
それとも、政治資金規正法すら読め(理解でき)ないのでしょうか?
そんな方に国会で立法のお仕事をさせるわけにはいきませんな~。
政治資金規正法すら理解できていない人が国会で立法なんて辞めてほしいわ!
*このブログを書いた後、たくさんの違反を見つけました。是非ご覧ください。
  ↓
http://houdoumimamoru.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-a540.html
http://houdoumimamoru.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-97fa.html
 
 

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産経、読売、日経VS朝日、毎日、東京。1月7日の朝刊トップの見出し。

産経新聞
北、初の「水爆実験」  「成功」と政府声明
日経新聞
北朝鮮核の脅威増大 「初の水爆実験に成功」発表
読売新聞
安保理が緊急会合  北朝鮮4回目核実験 「初の水爆」主張
VS
朝日新聞
「初の水爆」に韓国懐疑的 中国に通報せず強行
毎日新聞
北朝鮮「初の水爆実験」 「爆発力弱い懐疑論
東京新聞
北朝鮮核実験 規模小さく
1面の見出しを見てみると良くわかります。
安保法制にどちらかというと賛成の新聞は「北朝鮮が水爆実験やったぞ~!」「脅威だぞ~!」→大変なことを北はやってるぞ!
というトップの見出し。
安保法制に大反対の新聞は「水爆、水爆というけれど、懐疑的だ~!」「水爆じゃないかも~?」→そんなに目くじら立てないで~。
というトップの見出し。
国を守る為には何時でも備えよ!日本政府頼んだぞ!
という気持ちは朝日、毎日、東京には無いようです。
気にしない気にしない、ほっといて平和ボケを貫こう!
殺すくらいなら、殺されたほうが良いという平和ボケの方々の新聞。
購読してあなたのオツムもお花畑になってみませんか?
きっと、民主党や共産党が好きになりますよ。
私は絶対しませんが、、、、、

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