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2014年3月

拉致、核、ミサイル問題は「韓国抜き」で交渉しないと進展しない。

昨年3月に安倍首相がモンゴルのエルベグドグジ大統領に拉致問題の解決についての協力を依頼していた。

その事は、横田夫妻とキム、ウンギョンちゃんとの面会という結果に繋がった。

北朝鮮は、今まで北朝鮮での面会のみを主張していたが、今回第3国のモンゴルでの再会を認めた。

ところで安倍政権がこれまでに、何か北朝鮮に譲歩した事があっただろうか?

いや、それどころか総連の副議長以上の渡航禁止や貿易禁止は維持されたままで総連本部は粛々と競売が進み、不成立だった競売も2番手の業者にさっさと落札させている。

北朝鮮の指導者はウンギョンちゃんと横田夫妻の面会を認めるに当たり、軍部や政府内で相当な反感を買っただろう事が予想される。何も獲られずカードを切ったのだから。

しかし、面会は実行された。そして、北朝鮮国内では粛清が続いている。

横田夫妻が81歳と78歳の高齢で人道的に面会をさせたいと思うのは日本側の理由だが、北朝鮮で人道を理由に面会を進める理由は通らない。それを金正恩は実行させたのだ。金正恩の部下たちは、日本に恩を売りたいだろう。「これは金正恩同志のお慈悲」だと。

 

スイスに留学し、民主主義を見てきた金正恩は来日の経験ももっている。

今、日本と北朝鮮は日本人の遺骨収集事業を1つの議題としてテーブルにつくようになった。

北朝鮮は戦後から今まで、日本に対し砲弾1つ落としていないが、そのかわり拉致を密かに進め、それを父親の金正日が認めて以来、日本の朝日新聞をはじめとする報道機関の援護射撃もあからさまには受けられずどんどこじり貧となった。

南朝鮮(韓国)とは、つかず離れず実を取る政策を実行してきたが、少々の事をやっても韓国は必ず折れてきた。

死ぬほど統一を叫び、統一すればバラ色の国になると、今の韓国大統領は韓国民の支持を受けているが、統一に反対を唱える韓国民はごくわずかだ。

しかし、どうやって統一するのか?韓国人が言っている統一とは民主化の統一であって、北朝鮮ロイヤルファミリーの崩壊を促す事になる。

南朝鮮が言う、統一を北朝鮮がのめる訳がない。

しかし、それも韓国人は承知していて、もしも万が一北朝鮮と統一すれば、難民が押し寄せて生活がメチャクチャになる事が分っている。恐怖なのだ。賛成はするが絶対起こり得ない、おこって欲しくない統一。しかしまた、それが北朝鮮からバレバレなのだ。

北朝鮮は3年前、魚雷攻撃で韓国哨戒艦を沈め、韓国人46名を殺した。その前にはヨンピョンドに砲撃を食らわせてもいる。こちらは死者4名負傷者19名も出しているのにも拘らず、韓国人達は、統一だ!1つの国になろう!とそればかりで、それでは北朝鮮に併合してもらう事などこれっぽっちも思っていない。

北朝鮮は、統一を叫んで自分達の政権を維持しようとしている韓国の足元を見透かしているのだ。

見透かされていても韓国は日本からの戦後補償は終わっていなくて、北朝鮮も今後戦後補償で金を巻き上げる事ができるという企てで慰安婦を使って反日でまとまろうと仲良くなるふりをしている。

しかし、今までそれに協力し、どれだけの時間を費やしてきたのか。どれだけ反日政策をとってきたのか?南朝鮮の言う事につきあってきたけれど、韓国人の政権維持の為に協力している訳ではないのだ。利用されているという事がだんだん分って来たようだ。

北朝鮮は今や韓国にも無い核を持っている。しかし、それを使えば国際世論を全部敵に回して北朝鮮は殲滅する。そんな事は百も承知だ。絶対に使わないけど、絶対に手放さない。

持っているだけで、軍事的優位に立てるからだ。

日本からの資金援助は欲しくても、核は絶対手放さない。

今、日本は遺骨収集問題で会話の糸をつなぐ事ができている。これから発展していく遺骨収集事業だ。人道的支援。

これが韓国にとっては嫌で嫌で堪らない。

もしかして、日本は北朝鮮と国交を回復してしまうかもしれない。それは絶対に許されない。韓国政府は慰安婦像の海外建立や中国ハルビンに安重根の記念館を立てる事に成功し反日活動を世界中に向けて発信しだした。

日本と北朝鮮が会話さえできない状態である今のうちに。と思っていたからだ。

韓国が捏造した反日教育を辞めさせる1番の打撃策は、北朝鮮と日本が国交を持つ事なのだ。

金正恩は民主主義を見てきた、北朝鮮の指導者だ。

彼が今考えている事は、このままでは21世紀の近代化に取り残されてしまう。北朝鮮を立て直すには韓国が日韓基本条約を結んで国家予算の倍以上を手に入れたように。まずは予算が必要だ。目標は朝日基本条約なのだ。

ところが北朝鮮と日本に国交ができると1番困る韓国は、「ミサイル問題」、「核問題」を必死でアピールする必要がある。

韓国が大好きな日本のマスコミもそれに協力する形で、北朝鮮に経済援助ができるとしても遠い話なのに、「日朝交渉で核やミサイル問題が置き去りにされれば、北朝鮮に厳しく非核化を迫る米国や韓国などとの足並みが乱れかねない」(毎日新聞)と書きたてる。

しかし、遺骨事業、拉致問題。話し合えるところがあるのであれば、そこから何らかの糸口が見いだされてくるのではないだろうか?

韓国が嫌がる「日本と北朝鮮の交渉」これは韓国が嫌がっても絶対的に進めるべきなのだ。

北朝鮮と対話するのに、韓国の協力に頼るのは無駄なのだ。

拉致問題で韓国政府が日本に協力するわけがない。韓国人の拉致被害者さえ見捨てている韓国政府と国民だ。ミサイル問題も核問題も日本に解決してもらったら困るのだ。政権がもたない。

日本は独自外交で北朝鮮とテーブルについて対話をするべきだ。

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共産党参議院議員吉良佳子(31)。いーじゃないか!チューくらい!と私は思う。

永田町の不倫については当ブログでご紹介させていただきました。

つい最近も衆議院議員青木愛氏の不倫について書いたのですがhttp://houdoumimamoru.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-4de4.html

参議院議員吉良佳子の場合。この2人は不倫じゃ無いんですよ。

今週の週刊新潮2014.4.3号↓

3月21日、春分の日。木々が芽吹き、動物達は冬の眠りから目覚める、まさに蠢動(しゅんどう)の季節。そんな時節柄、吉良議員「欲望」も蠢き出していた。

同日午後10時30分、東京、池袋駅の地下鉄ホーム。

吉良議員は茶色いコートの下に、おしゃれ着なのであろう鮮やかな赤いスカートを穿いていた。国会では歯に衣着せぬ「闘士」で通っている彼女だが、一たび、議員の「鎧」を脱げば1人の「女」。

傍らには同世代の男が寄り添っていた。

直前に駅近くの「すしざんまい」で、吉良議員はロックグラス、男性はビールコップを傾け、頬をスカートと同じ共産党カラーの赤に染めていた。

しかし、その後の行動は、お堅い共産党のイメージからは想像もつかない大胆なものだった。

電車がホームへと滑りこんでくる。別れの時が近づいていた。2人の距離は、電車が速度を落とすのと反比例して急速に縮まっていく。

70センチ、30センチ、10センチ。

あたかも強力な磁石のように引き寄せられる2人。

仮に共産党の陰の最高実力者である不破哲三、前中央委員会議長が制止したとしても、もはや聞く耳をもたないのではないかと思わせるほどの激しい「磁力」。

気が付けば、先ほどまで吉良議員が着けていたマスクは外されていた。

そして次の瞬間、2人の距離は0センチとなり、公衆の面前で唇が重なり合ったのである。

それにしても、表現力が豊かすぎる。たかがチュー1つにこれだけ引っ張る方もイヤラシイ。(週刊新潮の記者は取材力も凄いが、表現力も豊だ。最近文春に押され過ぎだけど)

(記事に戻る)

清廉潔白を旨とする共産党の吉良議員が繰り広げた、めくるめく官能の世界。同党のジャンヌダルクとして「ブラック企業」を舌鋒鋭く追及してきた彼女が、あろうことか妖しく「ピンク」に染まっていた。

男性が電車に乗り込もうとしても、吉良議員は左手を最後まで彼の右手から離そうとしない。片時たりとも離れがたく、「永遠の0センチ」を求めているといった様子で、、、、

(中略)

だが、2人の淫らな行為は、これに留まらなかったー。

「キラキラキラキラ、吉良佳子!」

2013年(昨年)7月、吉良氏はこのキャッチフレーズで参議院選を戦い、初出馬ながら見事、東京選挙区で当選を果たした。同区で共産党が議席を獲得したのは実に12年ぶり。

自民党「1強」の状況でも同選挙区で共産党は踏ん張りを見せ、改選3議席から8議席へと躍進したが、その象徴的存在が吉良議員だった。

(中略)

冒頭で紹介した「駅中キス」から2週間前の3月7日。新宿3丁目にある天ぷら屋で夕食を済ませた吉良議員と件(くだん)の男性は、一緒に彼女の自宅マンションへと消えていった。

そして、2人がマンションから出てきたのは翌8日の昼。男性はいわゆる「お泊り」をしたのだ。

しかも、である。2人の愛の劇場は過激さを増すばかりで、駅中キス3連続の逢瀬を重ねたクライマックスは、3連休最後の3月23日、午後10時40分からのことだった。

まず、男性の自宅の最寄りの駅である、目黒区内の都立大学駅近くの公園で「路チュー」。

その後、駅の構内に場所を移して再びの駅中キス。2人のすぐ脇を、改札を通るために人が行き交うのもお構いなしで、20分近くにわたりエンドレスキスを展開したのである。その間、彼の手は吉良議員の胸に添えられ、彼女が男性の耳を甘噛みする一幕も。

そこからさらに駅前の公園スペースに移動し、ベンチに座っては接吻、立っては接吻と、今度は「園中キス」を敢行。

さらにさらに、駅に戻ると寸暇を惜しむかのように、またしても駅中キス。愛が溢れて止まらない。「キスキスキスキス、吉良佳子!」

これぞ共産党議員ならではの革命的接吻と呼ぶべきなのか!!

同党事情通が声を潜める。

「吉良さんのお相手は、彼女と同じ年生まれの共産党員で、メガネをかけた姿はお笑いコンビ藤森慎吾を真面目にした感じです。2011年に目黒区議選、昨年は都議選に出馬し、いずれも落選していますが、今も共産党の目黒地区委員会の青年学生部長を務めている熱心な活動家。

ブラック企業対策にも力を入れている点で、2人の結びつきは深まったそうです」

(中略)

果たして、当人たちの心境や如何に。まず男性は、

「吉良さんと付き合い始めたのは昨年11月頃。同じ活動家として惹かれあったということです。駅中でキスしたら、まずいなとは思いますが、そうか駅のホームか、、、。やばいですね。

公衆の面前ですもんね。今日(3月23日)は、彼女が甘えた感じになって、ちょっと帰してくれなくて。連休が終わるから寂しかったのかな。でも、プラトニックな関係なんです。お泊りした事はありません。3月7日ですか?えー、、、、、、はい、泊りました」

と「完オチ」。

ところが一方の吉良議員は、彼氏が「自白」しているにも拘らず、都立大学駅付近でのキスの「乱れ撃ち」直後に話を聞こうとすると、

「私、早く帰らなきゃいけないんです!」

今しがたまで彼氏と長時間かけていちゃついていたのは一体何だっただったのか、と思わせる不可思議な弁明をし、電車に飛び乗っての「逃走」を画策。何とかホームに留まってもらい、見解をい求めても、

「広報を通して下さい」の一点張りで、共産党広報部に尋ねると、

「党としてお答えすることはありません」

なお、「日本共産党規約」の第五条にはこう記されている。

<市民道徳と社会的道義をまもり、社会に対する責任をはたす>

所構わず、衆人環視下でキスを繰り返す行為は、<市民道徳と社会的道義>に反してはいないのだろうか。明日はあなたの住む街に吉良議員が現れ、接吻姿を見せつけるかもしれないのである。共産党の国会議員があなたの隣で、、、、。

何はともあれ、3連休の間も休みなど与えられることなく働かされ、ブラック企業で苦しむ若者をよそに、快楽に耽溺した吉良議員。「私の三十路は恋の路!」

これが彼女なりの「共産党宣言」なのかもしれないー。

以上。

この記事の中の件の男性。2011年に目黒区議選、昨年は都議選、いずれも落選した共産党員で吉良議員と同じ年生まれ。

それって、Mさんですよね。

しかし、私は思うのだが、今、永田町で繰り広げられている「不倫」よりかはずっとマシ。この2人の恋愛が(公衆の面前でのキスは気分を害する人が多少いたかもしれないが)例えば女房子供を傷つけたわけでは無い。

私はこの2人が結婚まで行けば、とってもいい事ではないのかな~。と思うのであった。

吉良議員は人の批判をする事の重たさを、今回痛切に感じたのではなかろうか?

AKB48の峯岸みなみのように坊主にでもなってみるかい?https://www.youtube.com/watch?v=x2isTWM-Wdk

他人の批判や悪口を言うと、自分が清廉潔白、公序良俗に反しないことをいつも心がけておかなければならない。お天道様は見ている。バチが当たる。倍返しだ。

という事が身にしみて分った事でしょう。

3月23日の2日前。彼女のブログには↓

吉良よし子@kirayoshiko3月21日

今夜は官邸前で抗議しました! ミサオさんの「安倍首相!いいともに出演して国民の機嫌を取る前に汚染水対策や廃炉、やることがあるでしょう?安倍首相は辞めていいとも!」コールに、私も思わず「いいとも!」

そっくりそのままお返ししますよ。

週刊誌の取材力には恐れ入ったが、ところでこのネタ元は何処から、誰からなのだろう?

1、吉良議員の側近(秘書)からのチクリ。

2、吉良議員の議員(同僚)からのチクリ。

3、M氏周辺からのチクリ。

4、両者の御近所の住民からのチクリ。

う~ん。

彼女は共産党ではアイドル的な存在なので、妬まれたのか?それともM氏がどこかで自慢してしまったか?だとすると3番かな~?

週刊新潮さん!ネタ元教えて~!!!!

そっちの方が興味あるな~。

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報道ステーション恵村順一郎の全く的外れなバカさ加減に呆れた。

報道ステーション2014年3月19日

クリミア緊迫”対ロ制裁”実効性に疑問符

古館

ロシアのプーチン大統領は、力をもってして、このクリミアをロシアの図版の中に組み入れました。そしてそれに対して、ヨーロッパ、アメリカと、制裁をすると。現に、第一弾をやり始めていくというふうに言ってますが、それぞれの制裁にもやはり効果の度合い、疑問符が付けられ始めております。

さらにですね、このロシアと欧米の狭間に立って、日本は外交戦略、どう舵とりしていくのか非常に難しい局面になってきました。そのあたりのことを今日はお伝えします。

ナレーション

プーチン大統領が、クリミア半島の編入を発表してから一夜明け、クリミアではウクライナ海軍司令部に親ロシア派の群衆が流れ込んだ。中には、軍服を着ている者もいる。

親ロシア派の群衆は、ウクライナ国旗を降ろし、ロシア国旗を掲げた。そして、基地を後にするウクライナ兵。クリミア編入に向けた動きが着々と進んでいる。

VTR

ウクライナ将校

政治的な方法ではなく、暴力で乗っ取られた。我々は何もできない。

ナレーション

演説でプーチン大統領は、「クリミアは衝突も死者も無く侵略ではない」としていた。

しかしその直後、建物の屋上で、ライフルを構える人影。ここはクリミア半島にあるウクライナ軍の施設だ。ウクライナのメディアによると、銃声が発生し、ウクライナ兵と親ロシア派の自警団、それぞれ1人死亡した。

VTR

近所の住民

何者かが窓を壊して急に襲ってきた。床に伏せさせられた。

ナレーション

この衝突により、対立がさらに深まる可能性がある。

VTR

ヤチエニユク(ウクライナ首相)

今ある問題は、ロシア軍が原因で、政治的対立から軍事的対立に移りつつある。

ナレーション

トウルチノフ大統領代行は、ウクライナ軍に対し、自衛目的の武器使用を許可した。首都キエフでは、クリミア編入を進めるロシアへの反発が強まっている。

VTR

男性市民

プーチンの演説を見ました。クリミア半島に関するくだらない条約が結ばれるのを見ました。

女性市民

(ロシア)は悪の帝国です。世界の為に領土を拡大しているわけではありません。

自警団の男性

血を流さず、外交的に解決すべきだ。それでも必要があれば、領土、国家、家族の為に戦う。

ナレーション

一方、モスクワ中心部、赤の広場。市民はお祝いムードに沸いた。

VTR

プーチン大統領

親愛なるクリミアとセバストポリの皆さん。長くつらく厳しい航海を終えて、クリミアとセバストポリは母港(ロシア)に帰ってくる。

ナレーション

クリミア編入の動きを受け、アメリカは追加の制裁を課す構えをみせた。

VTR

ケリー国務長官

(プーチン大統領には)衝撃を受け、驚き、失望した。彼とロシアの行いは歴史的な間違いだ。

ナレーション

オバマ大統領は、来週オランダで開かれる核安全サミットの場で。G8からロシアを除いた7カ国による首脳会議を開催することを発表した。

プーチン大統領は、サミットの欠席を決めていて、G7は、この場でロシアへの対応について協議するとみられる。

現在、アメリカの制裁の対象は、副首相や大統領補佐官ら、プーチン氏の側近を含む11人。その中身は、アメリカ国内である資産の凍結や渡航の禁止で、制裁の効果は薄いと見られている。

EUはどうなのか。21人を対象に資産の凍結や渡航禁止を課しているが、アメリカとは違い、プーチン大統領の側近は対象外で、下院の副議長レベルにとどまっている。

プーチン大統領はEUの弱みを見透かしているのか。EUは20日から首脳会議を開き、制裁強化について検討する。しかし、制裁には積極的ではない。

VTR

シコルスキ(ポーランド外相)

ヨーロッツパは近くて、だからこそロシアへの制裁では大きな代償を払うことになる。

ファイマン(オーストリア首相)

制裁では問題は解決しない。唯一の解決策は交渉に持ち込むことだ。

ナレーション

28カ国によって構成されるEU.ロシアに経済制裁を課すうえで問題となるのが国によって利害が異なる事だ。

VTR

シコルスキ(ポーランド外相)

アメリカでは1人を男(大統領)が重要な決定を下すが、ここヨーロッパでは制裁を法的に決定するには、28カ国の合意が必要だ。それはたいていの場合、妥協を意味する。

ナレーション

例えばドイツは、ロシア産天然ガスの輸入量が多く、フランスはロシアへの武器輸出が大きい。イギリスの金融業界はロシアの実業家との結びつきが強い。

ガスの輸入制限か、武器の禁輸か、金融資産の凍結か。どれを制裁対象にするか、各国の思惑は異なる。

強襲揚陸艦をロシアに売却する契約を結んでいるフランス。難しい選択を迫られている。

VTR

ファビウス(フランス外相)

この状況で(ロシア)に武器輸出を継続することは不可能だが、もう一方では、雇用と経済の現実がある。

蓮見 雄(立正大学教授)

各国、利害はバラバラで、それぞれ最終的な政治行動に関しては、各国が主権を持っているという状況ですから、そう簡単に一致団結してですね、ロシアを制裁するということは難しい。相当の返り血があって、その返り血の程度が国ごとに大きく違う。

そういう意味では、強い態度が実はとれないっていうのが実態だろうと思います。

そこがやはりEUがある意味で国ではなくって、国の集まりだというところのある意味では弱さというふうに言えるかもしれません。

スタジオ

古館

ここまでお伝えしたのはですね、ある見方をすれば、ロシアとEU,違いが大きくあっても共通しているのは経済事情で、これ以上痛手を被れないという事情があるんだと思います。

まあ、それで考えると、ウクライナの東部の問題がありますが、それも含めてガラス細工のような秩序がロシアとヨーロッパで生まれるのかもしれないっていう見方もあります。

さぁ、そして日本はということになります。

追加制裁で安倍外交正念場

古館

日本は狭間に立つような形で、来週に迫りくる核セキュリティーサミットでは明らかに、思惑というのがありました。しかし、このロシアの問題、ウクライナの問題で、どうも、その、潮目が変わってきた。

ナレーション

ロシアへの経済制裁を、どの程度打ち出すのか、安倍総理は今日、国会でロシアを非難した。

VTR

安倍総理

政府としての考え方を申し上げます。クリミアをロシアに編入する条約への署名がなされたことは、ウクライナの統一性、主権および領土の一体性を侵害するものであり、これを非難いたします。

我が国は力を背景とする現状変更の試みを決して看過できません。

ナレーション

力を背景にする現状は許されない。安倍総理が念頭に置いているのは、尖閣諸島の問題だ。

中国から強烈な圧力がかけられている中、武力による現状変更は、決して認めてはならない一線だ。

これまで日本は中国に対抗する意味でロシアとの関係を深めてきた。安倍総理とプーチン大統領との会談は5回にも及び、親密な関係を築きあげる事自体が中国へのけん制となる。

北方領土問題への解決にも安倍総理は力を入れてきた。その日本外交はロシアがクリミアの編入に踏み切ったことで、大きな岐路に立たされている。

ナレーション

(自民党中堅議員)

北方領土問題とかを考えた時に、あまりに過敏に反応するのが得策では無いのはみんな分っている。欧米の後ろからそっと遅れてついていく感じが現実的でしょう。

VTR

後藤謙次

日本として厳しい抗議声明、非難声明ってのは避けてるんです。英仏、それからアメリカというフロントラインと2番手にドイツ、それからイアタリアがいて、そのあとに日本がそろりそろりとついていっているという状況にあると思うんですよね。

ナレーション

日本はこれまでロシアへの制裁には慎重な姿勢を続けてきた。アメリカやEUに遅れる事10日以上、ようやく昨日m制裁内容を発表したが、その中身は、ビザ発給条件を緩和するために行っている交渉を停止することや、新たな投資の整備交渉の開始を一旦凍結。つまり、今までの投資については、制裁の対象に入っていない。経済は既に走り出している。

VTR

富川アナ

ロシアへの追加経済制裁が検討される中、こちらのホテルでは、日露投資フォーラムが行われています。両国の大臣らは欠席しているんですが、ご覧のように多くのビジネスマンが集まりまして、産業分野ごとに分れて、分科会、報告会を行っているんですね。こちらの部屋では自動車産業の部会が開かれています。日本企業の現地生産に関して、現状や展望の報告が行われています。

ナレーション

ロシア側、日本側、それぞれに現状をどう見ているのか話を聞いた。

VTR

ミハイルVスリベンチェックス(ロシア下院議員)

個人的な意見だが、ウクライナ情勢への日本側の配慮に感謝しています。

岡田大介(丸紅常務)

穀物の担当としてみれば、やはり産地としては、非常に大きい産地ですから、そのへんはやはり、日本への食料の安定供給ってことを考えますとね、全く無視できる国じゃなおので。我々国内に居る企業ですから、制裁内容によってはもちろん影響は受けます。

ナレーション

ロシアをめぐって国際政治の潮目が大きく変わろうとしている中、日本はどう対応しようとしているのか。

目前に重要な会議が迫って来ている。5日後にオランダ、ハーグで開かれる核安全サミット。そもそもそこでは、アメリカ主導で日本、韓国、アメリカ、3カ国の首脳会談が開かれる方向で調整が進められてきた。

3カ国が結束することで。北朝鮮はもちろん、中国をけん制する狙いがあった。

ところが急転直下、核安全保障サミットは、プーチン大統領の欠席を利用し、G7が団結し、ロシアへの対抗措置を打ち出す場に変質したのだ。

そのG7がまとまる上で重要になって来るのが、皮肉にも日本がけん制しようとしていた中国の存在だ。オバマ大統領は核サミットの場を利用して習金平国家主席と会談。今後の対ロシア制裁への協力を求めるとみられている。

一方プーチン大統領も昨日の演説で、中国を引き入れようと布石を打っていた。」

VTR

プーチン大統領

クリミアへのアプローチを理解をもって接してくれた方々には感謝したい。中国国民に感謝している。中国指導部は、ウクライナとクリミアの歴史的政治的側面を広範囲理解している。私はアメリカ国民に呼びかけたい。クリミア住民が自らの運命を自由に選択するという欲求は、自由の価値観に合致していなというのか。

ナレーション

アメリカがロシア対策へと主軸を移す中、日本は厳しい立場に立たされている。

春名幹雄(早稲田大学大学院客員教授)

日本とアメリカと韓国の首脳会談っていうのをですね、予定しているわけなんですね。本来はですね。東アジアにおいてですね、中国に対応して、日米韓の結束を固める意義があるわけなんですけども、中国に対するメッセージもあるんですが、その場でもやはりウクライナの問題も出てくると思いますので、中国も一緒になって何らかの形でロシアに対してプレッシャーをかけるというふうなことが大事になってくると思います。

当初の描いた目標というのは、なかなか達成されないかもしれませんけども、、、、

スタジオ

古館

恵村さん、安倍総理は、河野談話の見直しはしないというメッセージも、国会での発言を通じてある意味韓国に送り、韓国もそれに応えるという形は、まあ、後ろ盾にアメリカがあって、核セキュリティーサミットに向けてですね、日米韓の1つの話し合いの場へ持ち込む流れだったと思うんですが、大きくこの問題変わりましたね。

恵村順一郎

そうですね。ロシア問題表に出て来ましたですね。

安倍政権は、今、アメリカとの関係は微妙ですし、中国、韓国との関係は悪いですので、ロシアとの関係は良好な関係を維持してますので、それは崩したくないという思いはあるわけですよね。

そこに北方領土返還を目指す安倍首相の思いというのがあって、で、先走って、ロシアとの関係悪くする必要はないじゃないかという判断をしてきたわけですね。

制裁についても欧米より、中身も時期も一歩、後をついていくという形をとってきたわけです。クリミア編入を受けて、首相は、今日初めてロシアに対する非難というのを言ったわけですけども、一方で、日ロ投資フォーラムっていうのをやるっていうどっちつかず対応になってるわけですね。だったら中止させときゃ良かったんか?

日本政府としては、4月の岸田外務大臣の訪ロ、それからプーチン大統領の秋の訪日、予定通り進めたいと。

一方で、アメリカは24日からの核安全保障サミットにおいてですね、ロシア抜きのG7の首脳会談やりましょうと。

日米韓の首脳会談もやりましょうと。

それから4月下旬にはオバマ大統領が来日するわけですね。

このまま日本がロシアの武力による領土拡張に批判を手控えているような印象を国際社会に与えるとですね、尖閣をめぐる中国の干渉に対する悪影響という恐れもあるわけで、

*(だったらもっと制裁強化すべきだと言わんかい!中国の覇権主義を批判してきた事があったのか?)

日本の遠からず、アメリカかロシアか、その両にらみということは許されなくなるだろうというふうに思います。

*(外交をやったことが無いど素人が評論してます。日本がいつロシアとアメリカとを両にらみ?で天秤にかけたことがあったのか!ロシアと同盟を結んでるのか?)

古館

非常に難しいですね。もう、直近でいうと、中国がカギを握っているわけでしょう、今、ありましたように。セキュリティーサミットでは、ロシア側からもアメリカ側からもラブコールみたいな、ちょっとある局面があるわけですよね。

恵村

本来は日本も、プーチン大統領との個人的関係があるわけですから、間でうまく役割を果たすこともできたと思うんですけど、少し、引いてしまったもんですから、そこに中国が大きく出てきましたですよね。

最後の締めくくりの恵村の発言です。

ロシアは(プーチンの演説にあったように)中国に感謝している状態です。ということは中国はロシアの武力による領土拡張を支持したという事です。

ロシアの行動はクリミアを奪還すること。それを個人的関係がある安倍総理がロシアと事前に話をして何をどうすれば良かったのか?なんて話せば良かったのか言ってもらいたいものだ。

この恵村の発言はただ単に、安倍を批判したい!その一心なのだ。

それと、古館の発言もバカか?春名という大学院教授の脳天気発言が言わしたのかも知れないが、中国がロシアに制裁するわけないだろう!バカじゃないだろうか?

中国は虎視眈眈と尖閣諸島を狙っている。フィリピンやベトナムでも同じだ。

それを武力で占領した時の後ろ盾にロシアになってもらおうとしている事を知っててそんな事は絶対言及しない。

テレ朝は憲法改正に大反対の政治活動をしている団体なのだから、今こそ叫べばいいのだ、

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」前文より

「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 」9条より

平和を愛する諸国民ばかりじゃ無い事がよ~くわかったではないか!

エネルギィー(ガス)の供給で脅しをかけてくるロシア。

軍隊を派遣して脅しをかけてくるロシア。

そのことについて大批判を浴びせるべきなのにどうだろう?

最後にしめくくった恵村は、まるでこうなってしまったのはまるで「安倍のせい」にしたいという事だった。

さすが、朝日新聞の社是だ。さすが朝日新聞の社員だ。

事実を自分達の企画でつまみ食い。編集権を行使して、国民を不安にしたり、政権を批判したり。

とんでもないやつらだ。

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竹富町教科書問題とウクライナ問題。

朝日新聞や日本共産党の機関誌赤旗らが嫌う育鵬社教科書の採択を沖縄県の教科用図書八重山採択地区協議会が決定したのにもかかわらず、竹富町がそれに意義を唱えて東京書籍の教科書を使っている事で、文部科学省が是正勧告を行ったので大非難を浴びせている。

左系(北朝鮮系)の地元紙、琉球新報、沖縄タイムズだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E9%87%8D%E5%B1%B1%E6%95%99%E7%A7%91%E6%9B%B8%E5%95%8F%E9%A1%8C

テレ朝でも報道ステーションが是正勧告は時代に逆行するというコメントをする大学教授のみを出演させて、竹富町が独自で決めた教科書なんだから、それを覆すのはおかしい、と視聴者を惑わし、教科書無償措置法自体を批判しだす始末だ。地方自治の逆行するとしてる。

しかし、現在の法律がある以上、それを守らないのなら是正勧告するのは国として当然なのだ。

法律があるのだから。

教育は地方分権になじまない。国語算数理科社会。それぞれの地方でそれぞれ違う認識を持つ歴史?公民?政治経済?あってはならない事です。

そして、教科書採択。

これについては過去からの反省で、昔、教員1票制度だったところで日教組の教員が組織的に教科書会社に注文をつけ、そしてお中元やお歳暮攻勢にあうなど色々な問題点が浮き彫りになって、採択制度が変わってきたのだ。

教科書の採択1つから地方分権を唱え、国の方針に異議を唱えて法律違反を平気でする教育者達。

そんな、教育者から学ぶ生徒はいくらお勉強ができたとしても日本人としてちゃんと育つのだろうか?

地方分権なら何でもOKという考え方はとても危険。

今のウクライナのクリミア自治区の投票結果をご覧になりましたか?

ウクライナという国の中から独立を叫んで住民投票して、ウクライナという国からロシアに鞍替えしようとしています。

クリミアの96%の住民が賛成している状態。

中国にとってこれはいい材料になるのです。

竹富町たかが教科書1つだけど、国からの法律違反を指摘されても、その勧告に従わない。

竹富町は今後のクリミアに成りえる要素を作っているのです。

中国軍が尖閣を武力で制圧して、アメリカ軍や自衛隊と戦闘にならない?

だとすると中国軍は来ますよ。

そして、もしも何処かの(沖縄県の)島が町議会で独立宣言でもしてくれればこれ幸い。中国人を住まわせておいて邦人保護を名目に軍を派遣する可能性だってあります。

今のクリミアが悪い前例とならない事を祈ります。

沖縄から米軍基地を無くそうとしている、チェチェ研の思想もこれらに加担しています。大田前知事なんかもそうなんですよ。

北朝鮮は南北統一に在韓米軍が邪魔だったが、28年に撤退する。

次なる邪魔は沖縄の米軍基地なのだ。

もしも、沖縄に米軍基地がなかったら?

朝鮮半島や石垣、与那国、、、、沖縄までも、、、どうなっていたか、、、、

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日韓併合前とその後(前々号からの続きです)

李氏朝鮮500年の道路事情。

皆さんは既にパソコンで日韓併合前と後の韓国(朝鮮)の状況がどうであったのかご存知でしょう。

http://image.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E6%97%A5%E9%9F%93%E4%BD%B5%E5%90%88%E5%89%8D

韓国の学者(崔記鎬)がどれほどのお金(日本国民の税金)が韓国(朝鮮)の近代化を成し遂げたのかを詳しく書いていますので、紹介します。↓

李朝500年の道路事情

李朝下の518年年間、朝鮮には人間が通れる安全な道路は全くなかった。

新しい役人が現地に赴任すると、”今度の役人は、どれくらい泥土にはまったか”と尋ねられるぐらいで、幹線道路でも荷車も牛車も人力車もやっと通れるほどで、ほとんどが、田んぼのあぜ道程度のものであった。

もっとも重要な幹線とみなされたソウルと義州(現在の北朝鮮と中国の国境近くの町)を結ぶ道路は、宗主国であった中国の使臣が往来するために、唯一、道路と呼べるような代物だった。

だが、この最重要道路にしても、たまに補修の要請があって、いくらかの経費を現地に送ると、その4分の3は途上でなくなり、結局必要な経費は、常民、賤民たちからの苛斂誅求で賄われるというありさまだった。

また、ほとんどの河川には橋が無く、李朝以前にはあった橋も壊された。理由は、李朝が高麗に反逆して奪取した政権であったために、今度は自分達が反勢力のクーデターに遭うことを恐れて、軍隊が進軍できないようにしたからである。

たとえ橋がかけられていても、ところどころ穴があいていて、現地の事情に疎い者や、夜陰にまぎれて橋を渡ろうとすると、足を踏み外して穴から落ちてしまうこともあった。

それゆえに、橋と足の発音は同じく”タリ”と呼ばれている。

そうなると渡し船で対岸に渡ることになるが、無事に着けば幸運だった。薄い板で造られた舟では、往々にして牛馬車や大勢の人達の重みに耐えられず、沈んでしまうことも珍しくなかったから、毎年各地で鎮魂祭が営まれた。

鎖国政策がとられた為、港湾施設と言えるようなものもほとんど無く、中国と日本(対馬)を相手に、わずかな物品のやりとりがあるにすぎなかった。

陸上でも、釜山とソウルの場合、400キロ余の距離を往来するのに25、6日かかるのが普通で、両班の子弟で科挙の試験に赴く者を除くと、旅人も稀だった。

ソウルと仁川間の32キロも、往き来に5日以上かかり、従って生産、管理、消費、物流などといった社会基盤もなく、近代化とは全く無縁であった。

こうした事情1つとりあげても、李朝の「自主的近代化」などというものが全くの絵空事で、妄想にすぎなかったことは明らかだ。

日本人の税金で賄われた朝鮮の鉄道建設

鉄道は未開国を近代化国家に育成する機能を発揮する為の必要不可欠の動脈であり、市場経済の血管である。鉄道に代表される「大衆交通手段」の発達は、人類の生活向上と幸福の増進にも欠かせない。

道無き山野に鉄道が敷設されたことが、日本政府の目的がどこにあろうと、朝鮮民族にとって、長い間の地獄のような生活から脱することにつながったことは論をまたない。

1894年、日清戦争勃発を契機として、朝鮮に鉄道敷設の機運は熟していたが、当時の李朝は財政、経済に対する基礎知識もなく、交通、鉄道に関する認識もなかった。

1896年「京仁線(ソウル~仁川間)38.9キロの鉄道敷設権を、日本企業「京仁鉄道合資会社」が米人モールスから買収、1900年7月8日、全線開通させた。朝鮮で最初の鉄道だった。

ちなみに日本で初は1872年(新橋ー横浜間)のこと。

従来ソウル~仁川間の往復は、5,6日の所要時間は、2,3時間に短縮された。

元来、両班とは、動かずに、農工民が生産したものを優先的に処分する権利を保有していたから、「鉄馬」に乗って1日を消費して、それを最高の享楽と感じただろうことは容易に想像できる。

「京釜線(ソウル~釜山間)450.6キロは、京釜鉄道(株)が1905年1月1日全線開通させた。

京仁、京釜鉄道買収額(建設費)は、3500円万だった。それに対して同年の大韓帝国の収入額(税、印紙税総額)は、784万円だったから、自力での鉄道敷設は夢のまた夢でしかなかった。

それまでフランス、ロシアも競って鉄道敷設権を獲得したが、その資金の裏付けもなく、工事の着工もできなかった。

アメリカのモールス(京仁線敷設権取得者)も事情は全く同じで、彼らが頼りにしたのは李朝であったが、以上のような財政事情で、全く実現の可能性がなかったから、日本企業がこの難局を切り抜け、京仁、京釜線が敷設されたことは、天佑神助というべきであった。

京義線(ソウル~新義間)は、フランスのグリールが敷設権を取得したが、これも日本(陸軍)が買収して建設を受け継ぎ、1906年4月に全線開通した。

京義線と馬山浦線の建設費は3138万円で、したがって、京仁、京釜、京義、馬山浦線建設費を合わせると6638万円になる。

この6638万円は、日本人の血税で賄われたが、その活用は、日本人、朝鮮人共用であり、朝鮮側の享受した利益は莫大なものであった。

もしも1896年~1906年の1円が、今の10万円に相当するとすれば、6,6兆円であり、それを2003年11月25日の為替レートで韓国ウォンに換算すれば、79兆6560万ウォンに相当する。(2003年11月、物価指数による換算)

総督府が建設した鉄道路線と、投下した資金

こうして、1910年の日韓併合には、すでに全国1039,7キロの路線が完成した。

これにつづき日韓併合後は、寺内、長谷川の両総督時代に、湖南線、京元線(ソウル~元山間)、平南線が、1917年には会寧~清津間が開通した。

併合後に朝鮮総督府が、鉄道敷設に投資した費用は、次の通りである。

1913年、8662000円。1914年、7634000円。1915年、8004000円。

1916年、7705000円。1917年、6152000円。1918年、11094000円。

1919年、15750000円。1920年、16329000円。1921年、18856000円。

1922年、22267000円。1923年、16475000円。1924年、10307000円。

1925年、12018000円。1926年、17737000円。1927年、25291000円。

1928年、28688000円。1929年、23379000円。

併合後の総計257048000円、(併合前の総計105077000円)

目のくらむような金額です。この出費がなければどれだけ日本国民の生活が向上していたのだろうか?日本国民は朝鮮の犠牲者ではないのか?

斎藤実総督は、1921年9月に開催した「産業調査委員会」の定義によって、吉林~会寧間の敷設計画と、それ以降の12カ年計画を立ち上げたが、その概要は次の通りであった。

鉄道敷設12カ年計画

期間 1927年~1939年

総工費3億円

路線 図們線156キロ、恵山線142キロ、満浦線386キロ、東海線549キロ、慶全線251キロ、

計、1384キロ

また、朝鮮総督府が建設する鉄道で、1930年末までに完工した路線は、次の通りである。

鉄道建設状況(1930年末)

京釜線450,6キロ、支線 京仁線38.9キロ 馬山線40,1キロ 鎮海線20,6キロ

京義線499.3キロ、支線 兼二浦線13,1キロ 平壌炭鉱線23,3キロ 平南線55,3キロ、博川線9,3キロ、竜山線6,7キロ、新義州貨物取扱所線1.8キロ、

湘南線260,7キロ、支線 群山線23キロ、

慶全線 慶全北部線25,3キロ 光州線36.4キロ

京元線 223,7キロ

咸鏡線617,7キロ、 支線 川内里線4,4キロ、清津線9キロ、会寧炭鉱線10,6キロ、北青線9,4キロ、遮湖線4,9キロ、鉄山線3キロ、

平元西部線 67キロ

東海線  東海中部線148,8キロ、東海北部線31,4キロ

図們線  図們西部線59,6キロ、図們東部線31,4キロ

その後、新倉~高原間の平元線146,8キロ、吉州~恵山鎮間の恵山線141,6キロ、順天~満浦線286,6キロ、釜山鎮~蔚山間の蔚山線70,8キロなどが、開通した。

その他にも総督府は、私設鉄道に対する補助を行ったが、1915年から1930年までにその総額は4000万円を超えた。

1910年の日韓併合以来、旅客運賃収入と貨物収入は、飛躍的に発展しており、物流の活発化を裏付けている。

こうして、1945年の終戦の日まで鉄道網の拡張は続けられ、その総延長は6632キロ、駅の数は、762、従業員は10万527名に達した。

人間の背中に頼っていた李朝時代の物流

それ以前の李朝時代の物品の交流は褓負商(ポブサン)という行商人に頼っていた。

たとえば、全州の行商人は妻子とともに、全州名産の生姜と櫛を背負って、平壌まで3週間余りをかけて歩き、そこで販売する。

次に、人力車も通れない道を再び歩いて元山に行き、昆布と干魚を売りさばくという具合だ。時間が予定以上にかかったり、滞在が延びたりしたら、利益は見込めない。

そのさまを想像しただけでも、道路やインフラ整備を怠った李朝が、百姓にとって、いかに過酷な統治者であったかがわかる。

この場合でも馬を使うのが普通だが、馬には人間以上の経費がかかる。結局、運搬道具として、牛馬ならぬ人間の背中がもっとも利用されることとなった。

朝鮮は遠い昔から運搬具として“チゲ”というものがあって、今も農村では欠かせない道具だが、肩にかければ荷重が背中全体に、公平に配分されるから肩が痛くないという特徴がある。

嶺東には蜂蜜の生産は多いが塩がなく、平安道では鉄の生産が多いがミカン、レモンは無く、咸鏡道では朝鮮人参の生産は多いが綿布は生産されない。

このような地方特産物を鉄道の敷設によって流通させることができれば、住民の生活向上につながることは言をまたない。

暗黒の国土に鉄道が開通し、日本の先導でようやく近代化のきざしが朝鮮にも見られるようになった史実は、否定できない。

書いている間に、どんどん腹が立ってきました。

もしも朝鮮が無かったら、日本は戦争に勝ってたかもしれんぞ~。と思えてきた。

朝鮮(韓国)人のせいで、どれほどの日本国民の血税を(無駄に)消費してしまったことか!

二二六事件で青年将校達が立ち上がった理由がこれだという事もわかるような気がする。

無駄に消費した、言ったのは、これだけの事をしている日本に対して、全く感謝もせず、しかも捏造につぐ捏造で日本の暴力を訴えて植民地になって被害を被ったとしている現在の韓国人を見るからです。

韓国の子供達は捏造によって作られた日本人からの被害のみを学んでいます。

こんなやつらと一生付き合えません。

 

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青木愛さん、いいかげんにしてくれ!貴方たちの給料は国民の税金です

2010年、9月。週刊新潮、週刊文春、ともに青木愛先生の不倫を報じた。

1つは、小沢との不倫記事。もう1つは秘書との不倫記事でした。

当時の記事を書き写したブログです。↓

http://houdoumimamoru.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-3f2c.html

なななんと!

ほとぼりが冷めたと思っているのか?

自分達の年収合わせて4千万円。が払われている源は国民の税金だという事を忘れたか、、、

不倫相手を政策秘書にまた採用するふてぶてしさ。

今週発売の週刊新潮14、3、20の記事です↓

再び不倫相手を公設秘書にした青木愛代議士の盲目愛

小沢ガールズとして小沢一郎の籠愛を受けてきた青木愛代議士(48)。

彼女を語る上で決して欠かせないのが、3年半前に小誌が報じた不倫問題である。

2010年8月、ボスである小沢氏が民主党代表選への出馬表明を行った当夜、青木嬢は水戸市内のホテルで男性と一夜を共にした。相手は妻子持ちの3歳年上で、こともあろうに小沢氏の政策秘書だった。

この顛末を小誌カメラマンにバッチリ撮られてしまったわけだが、報道後、青木嬢は更に厚顔無恥な行動に出る。

不倫相手を小沢氏の下から引き抜き、自らの政策秘書に迎い入れたのだ。

「そこで彼女についた仇名が“青木略奪愛”。秘書氏は、人前では彼女を立てましたが、食事時などは主従が逆転。秘書が上座に座り、まさに亭主気どりでした」(青木事務所関係者)

だが、1年半後、件の秘書は青木事務所から姿を消した。

「青木さんが彼に飽きちゃったようで、それを察した彼のほうから清算を切り出したようです」(同)

小沢氏は怒り心頭

その後、この秘書氏はどうなったのか。

「小沢氏に詫びを入れ、青森県選出の小沢系参議院議員の政策秘書にさせてもらったのですが、昨年7月の参議院選でその議員が落選。そこで改めて小沢氏の秘書に再就職を斡旋してもらい、秋から岩手県の病院で働き始めました。妻子を残していた自宅の隣町にある田舎の病院です。」

なるほど。火遊びの末、男は家庭に戻ったのだ。

、、、、、、、、、、、、、が、

半年を待たずに男は、“政界復帰”を果たした。

この3月から青木事務所の公設秘書に返り咲いたのだ。

「青木事務所は秘書がすぐに辞めることで有名で、なかなか後釜も見つからない。そこで、“元彼”に泣きついたのでは?もっとも、“元彼”の復職で第一秘書は第二に降格。そういう配慮に欠けるところが秘書離れの一因なんですけどね」

とさる後援会幹部が明かす。たしかに、ここ6年半で少なくとも11人の公設秘書が入れ替わっている。

「件の秘書氏は、小沢事務所への連絡なしに斡旋先を退職したそうですが、小沢さんは全てお見通し。礼を欠く上に、党のイメージを著しく傷つけた不倫の復活ととられかねない行動に出たわけですから、怒り心頭です」(先の関係者)

また、こんなこぼれ話も。

「青木さんは、永田町から自宅へと送られる車の中で、缶チュウハイを飲みながら帰っているそうです」と先の幹部(事務所は否定)

寂しさを酒で紛らわせていたのか。と思いきや、

「件の秘書氏が青木事務所を辞めた後も、岩手県内で2人の逢瀬が目撃されていました」(地元政界関係者)

なお、事務所に2人の不倫関係を問うたところ、

「国会議員と公設秘書です」

そりゃそうだ、と言うしかない。

どうやら、新仇名は“青木盲目愛”に決定である。

普通なら、雇わないでしょう。これだけ世間を騒がした不倫相手を!

普通なら、永田町に戻って来ないでしょう。世話になった小沢事務所の紹介先に不義理してまで!

O原もO原だが、青木も青木だ。

どうでもいいけど、給料の出所は国民の税金んですよ。

ムダを省くなんて言ってましたが、自分達の事だと気づいてませんね。

降格された第2秘書は1カ月、手取りで10万円以上下がりました。ボーナスは40万近く下がりました。

時間の問題ですかね。

よくやるわ。

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台湾人と韓国人の違い

李登輝台湾元総統は、戦前、台湾の灌漑土木事業で、15万町歩を潤した八田與一(はったよいち)の功績に触れ、八田が台湾60万の農民から、神様のように慕われている事実を紹介している。

八田をはじめ、台湾に尽くした日本人に見られた日本独特の誠の精神として、率先垂範、実践躬行、言行一致を挙げ、口先ではなく真心をもって必ず実行する尊さを、「武士道日本よ、立て!」(月刊誌日本の息吹、日本会議発行2004年1月号)という論文で掲載した。

「台湾人は、今でも日本の方々を非常に尊敬しています。それは日本人が鉄道や電信網を整備し、銀行、金融制度などを作り上げたということ以上に、日本人の精神にこそ感服しているのです。

嘉南大州(嘉義台南平野)15万町歩を潤す灌漑土木工事を完成させた八田先生は、今でも台湾の60万の農民から神様のように慕われています。八田先生をはじめ台湾に尽くした日本人の精神の1つは、公に奉ずる精神であり、2つ目は、仕事に対する熱心さが公儀-social justice-社会的正義感に基づいている点です。

そして3つ目は、誠の精神です。「誠の精神」とは、率先垂範、実践躬行、言行一致、すなわち、口先だけではなく真心をもって必ずじつこうすることです。これが他の国には絶対にない日本の精神です」

台湾の方々は日本に対する印象をこう述べている。

他方、同じころ朝鮮半島で治山治水事業に次いで力を入れたのが、大規模な水力発電所の建設であった。

朝鮮の水力発電事業は金剛山電気が最初であるが、総督府によって朝鮮半島の地形図ができると、投資が活発化するようになり、もしも李朝が続いていたとすれば、考えも及ばなかったであろう大規模な水力発電所が、日本の私企業によって着々と開発されていった。

朝鮮の電力開発や、肥料のもととなる硫安の開発に貢献した最大の功労者は、野口遵(のぐち したがう)である。

野口は日本窒素の専務を務めた大実業家だが、赴戦江、長津に50万キロワットの発電施設を完備させ、興南窒素肥料工場において、空中の窒素から、硫安、硫燐安、セメント、グリセリンを製造して、日本にも3分の1を供給した。

さらには、鴨緑江の上流の朔州郡水豊里(サンチュグンスプンリ)の上流をせき止めて、落差100メートル、出力は64万キロワットの大発電所を計画し、1937年に着工して1944年に完成させた。総工費は2億円、動員人員のべ500万人であった。

野口はこのほかにも、鴨緑江に2か所の発電所を建設している。

野口は晩年になって、実業界から引退したとき、科学技術振興のためという名目で文部省に、朝鮮人子弟の教育振興のためという名目で朝鮮総督府に、それぞれ3000万円を寄付した。1942年5月には勲一等瑞宝章が授与された。

今の韓国、朝鮮で「愛国者」と称している者のうち、誰がこれだけの寄付で国民の生活を向上させたか、この国の人(韓国、朝鮮人)は反省しなければならない。

言葉と腕力で批判し、空理空論で騒ぎ立て、治安を紊乱させ、拳と銃で殺傷に終始するのは、凡人にもできる。

野口遵のように百姓を幸福に引導し、献身してこそ、真の愛国者というべきではないか。

李朝518年間、枯死同然の土地を再生させて蘇らせた功労者の中で、野口遵と彼の同僚の多くは、この地の土となって朝鮮の国土と百姓を肥やし、奨学金を与えて、賢人を育成した。

野口はこの国の最高級の愛国者であり、最大の恩人として永久に記念されるべきであるが、残念ながら、韓国に朝鮮にも、野口遵、目加田種太郎、そのほかの功労者に対する記念館や石碑の類がみられないのは、きわめて恥ずかしいことである。

それどころか、今の韓国の教科書には、

李朝が国民から収奪しつくし、近代化を唱える人間を殺していた事には何の反省もせず、なんと、こう書かれている↓

「彼ら(日本人)の国家利益を増やす為に、朝鮮を開発し、日帝の侵略政策で、民族の経済活動は、大幅に萎縮し、民族産業も、その発展が抑えられ、沈滞せざる得なくなった」

と、まったくでたらめな記述をしている。

我々(朝鮮、韓国人)は併合時代以前の歴史を顧み、日本によって他力本願でありながら、近代的産業開発を学び、教育によって経済活動にも専心することができたのである。

台湾の李登輝総統は、明治から太平洋戦争の敗戦まで、日本が周辺の諸国を侵略して収奪したという歴史観がある中で、日本時代にこそ、今の台湾の経済発展の基礎が培われたと言い切っている。その姿勢から、韓国、朝鮮の指導者たちは卒直に学ぶべきであると思う。

次号に続く、、、

(目がくらむほどの日本の税金で韓国朝鮮に鉄道が敷かれて行って韓国朝鮮国民の生活がどれだけ向上していったのか?)

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朝鮮人(現韓国人)の徴用者は結婚相手として人気の的

前号からの続き↓

では、徴用された者たちの労働条件は、いかなるものであったか。(崔氏は実際に北海道三菱手稲鉱業所に徴用で働いたのでよく知っています。)

徴用期間は1年が基準とされ、当初は1日8時間労働の交代制だったが、戦争拡大にしたがって労働時間は延長された。

待遇は、一般の事務職より約三倍程度高額の給与が与えられ、月額給与は120円程度。

作業はほとんど採鉱器を活用、削岩機、ドリル、トロッコが使われた。

重複勤務の希望者が多く、8時間の3交代で一般傾向として月間約10日、または、15日が重複勤務の場合、割増金を合計すると、月間180円から220円の支給額となったから、事務職、または本籍地の労働者の、4倍ないし5倍以上の厚遇であった。

一般の独身者には、などが無料で提供され、世帯持ちにはとくに独立の平屋建てが1戸ずつ提供されたから、本籍地または現地の未婚女性たちの結婚相手としても人気があったのは当然であった。

応徴中でも冠婚葬祭には、故郷の南朝鮮、忠南道などと往復するための休暇を与えられ、帰郷した例も見られる。

戦後50年を経過した時点から、徴用、挺身隊、徴兵など、否定的な面ばかりが強調されているが、真相はこのようなもので、このような論説は、すべて強制連行と表現することで、日本から賠償金を取ろうとする策略にすぎない。

たしかに強制連行か応徴かの解釈は、主観的な問題であることは以前言及したが、人類社会のある以上、言葉の障壁、感情の行き違いなどで不祥事があったり、戦時中の虐待もありえたものと想像される。

ただし、李朝時代の暗闇を隠蔽して併合期間中と戦時を語ることは意味がない。

戦前、日本全体の中でもっとも工業化、発電などのインフラ整備が完璧なほど進んだのが北朝鮮であり、日本全国、とくに南朝鮮から、多数の青年を雇用し人口が集中していた。水豊ダム、興南窒素肥料工場は、北朝鮮を工業国家として発展させた。

梁というおばさん(朝日新聞の植村記者の嫁の親)が会長を務めていた会が、日本から賠償金がもらえると、お年寄り達を集めて30倍にもなる、徴用されていなくてもいい、といって会員(金)を集めたていた事と繋がりますね。

韓国歴史教科書の、目に余るウソ、デタラメ

顕著な例は、李朝500年末期の政治紊乱に蓋をして、公然たる売官買職が横行し貪官汚吏(どんかんおり)が跳梁跋扈した事実を全く教えず、日韓併合がなければ、李朝は立派な国家として独り立ちできたかのような書き方をしているところに表れている。

日韓併合を通じて、全国民に教育が徹底され、近代的医療制度が確立し、農漁業重工業が興り、社会インフラ整備によって工業国家としての基礎が築かれたことは、明白な事実である。

ところが、終戦後、真の歴史は闇に包まれ、国定教科書の記述は重大な誤りを犯している。例示すると以下のとおりである。

、「七奪(チルタル)」と称して、日本から奪われた七つの事柄を記しているが、この七つとは、国王、主権、土地、資源、国語、姓名、生命のことだという。これについては小著「日韓併合の真実」(ビジネス社刊)に明記している。あったことをなかった、なかったことあったとする嘘の記述は現在も継続しているが、こうした行為が歴史から処断されるのは目に見えている。

、「日帝」は金、銀、鉛、タングステン、石炭など、産業に必要な地下資源を略奪した」と被害者意識をふりかざすばかりで、李朝500余年間、資源開発とは無縁だったことには反省も見られない。

、「電気と鉄道などの事業は、朝鮮総督府や、日本の大企業がこれを握り、彼ら利益を増大することに利用した」と記すが、3000万の住民が産業の動脈としてもっとも利用し、現代文明の黎明となった事実には蓋をした。

、「日帝の狙いは、韓国を日本の経済発展に必要な商品市場と原料供給地にし、彼らの国家利益を増大させるものであった。日帝の産業侵奪政策で我々が民族の経済活動は大幅に萎縮し、民族産業もその発展が抑えられ、沈滞するほかなかった」などとおい記述にいたっては、コメントする気もおこらない。

*いいですか~?これ今現在韓国の子供達がお勉強している国定教科書に書かれているんですよ。

これは李朝500年を知らないか、故意に隠蔽しようとするもので、いずれにせよ反省のみられない記述である。民族産業の芽を切り捨てたのは、ほかでもない李朝であり、李朝の下では経済発展など夢のまた夢であったこと、近代化を唱える者や、先進的な思想家は、反逆分子として、その親までも処断されたという史実を、忘れたとでもいうのだろうか。

日本の金融機関の浸透に対抗して、民族資本によって1899年に天一銀行。1903年に漢城銀行が設立されたが、個人金貸業にすぎなかった。1906年、日本政府が天一銀行に24万円、漢城銀行に10万円を無利子で貸し、倒産を救済した事実は表に出てこない。

真の功労者、目加田種太郎の名も見えない。

5、「林業分野でも膨大な山林が、朝鮮総督府と日本人の所有となってしまった」というが、李朝下では「はげ山」ばかりであった。このはげ山を緑豊かにしたのは日本人による努力の賜物であったことを曲解している。

これでも貴方は韓国人は民主主義のお友達。お隣同士手と手をつなぎ合う為に、謝罪しつづけますか?

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歴史を直視できるものはぶっ壊す。自分たちの都合のいい歴史に作り替えて教育する韓国。

本日は徴用について書きますがまずは

http://ccce.web.fc2.com/si/dependency.html

これを見て下さい。

よ~くわかりますね。

歴史を直視しようとしても、その歴史を破壊して自分たちの都合で書き換えてしまったので、歴史を直視できなくなっているのです。漢字を捨て、教育することを辞めたので、歴史書が読めないし。

自ら徴用の経験がある崔 基鎬(チェ。ケイホ)氏より↓

*崔氏は民間レベルで日韓関係発展につとめ、サハリン在住韓国人の本国往来問題、原爆被爆者の治療援助、在日韓国人の法的地位向上のためにも尽力してきた学者である。

なぜ体験者の証言より、空理、空論を重んじるのか

他人の言動の揚げ足をとるばかるで、実行を伴わないのが、韓国、朝鮮の一般的学者像である。

ある土曜日の午後、我ら定年退職者たちは、孝昌(ヒョンチャン)公園の楼台に腰かけて、戦時中の徴用は、強制連行だったか否かを語り合った。

そこで私は、1940(昭和15)年、徴用に志願し、北海道の三菱手稲鉱業所で1年間経験したことを語り、実態は強制連行ではなく、自発的行為であったことを証言した。

ところが聞いていたK教授は疑問を発し、新聞で読んだ話は、私(崔氏)の経験とは、まったく正反対であるとし、徴用とは強制連行に他ならないとするのであった。

知人(崔氏)の実体験に基づく証言は無視し、実情をしらぬ人の新聞コメントは信用するというわけである。

北朝鮮の事情については、北朝鮮から亡命または、脱北した人がもっとも詳しいはずだが、今の韓国は、脱北者や黄長ヨプ氏のような北朝鮮から亡命した高官の話しは耳を傾けずに、左翼系の新聞、テレビや、北朝鮮の直接の宣伝を信用し呼応する。

命からがら生きて帰って来た漁夫、船長などの証言よりも、北朝鮮の広告、宣伝に耳を傾けるのが韓国の学者群である。

応募者が殺到した手稲鉱山の徴用

1939年度から施行された「国民徴用令」によって、朝鮮からの徴用も開始され、多くの朝鮮人が日本本土に渡ったが、その内容は次のようなものだった。

例えば、忠清南道(チュンチョンナムド)で実施された徴用の例でいうと、公州(コンジュ)、扶余(ブヨ)、論山(ノンサン)、青陽(チョンヤン)、舒川(ソチョン)などに、北海道札幌の三菱手稲鉱業所から、約1000名の鉱夫募集があった。

ところが、応募者数は約7000名にのぼったために、次のような採用考査が実施された。

第一次       1939年9月5日

第二次       1940年3月5日

場所         扶余邑事務所、及び各郡所在地の面(村)事務所

試験管       第1回佐藤典正(三菱手稲鉱業所責任者)

           第2回金丸一郎、金相培(キンサンペ、扶余邑長)他補助役3名

こうして厳選された約1000名は、2組に分けられ、その中の1組は同年9月11日、論山出発、翌12日元山港着、輸送船(5000トン級)で翌日の夕刻函館港に着いた。

採用者(徴用者)たちは歓喜にあふれ、船内では全員歌舞にふけって、元気旺盛そのものであり、手稲鉱業所への就業後も、休祭日は自由に札幌市内に繰り出し、ショッピングはもとより銭函(ぜにばこ)湾での舟遊びまで楽しんだ。

多くの青年たちは、札幌の市内観光や大門通りの遊郭回りに憩いを求め、一部は淋病や梅毒に感染し、中には局部の切開手術を受ける者もあって、監督機関では性病対策に苦慮して衛生サックを配るなどした(休暇中の公傷は全額支給)。

このような徴用の光景は、1945年まで毎年見られた。

中略

試しに今、北朝鮮で日本行きの徴用募集があると仮定したら、おそらく、金一族を除いた約2000万人の住民(国民)全員が、徴用での出国を希望するだろう。これが真実というものだ。

次号につづく、

(では徴用者の労働条件は?過酷だったのであろうか?証人が語ります。) 

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韓国の歴史を直視してみよう。在日韓国人の方は必読です。是非読んで下さい。

韓国の歴史家が自国の歴史を調査して書いたものです。↓

自主独立の道を自ら拒んだ李王朝

李朝成立後。484年が過ぎた1876年2月に結ばれた「日朝修好条規」は、全文12条からなる。

この修好条規の第1条に「朝鮮は自首の国」とあることは、きわめて重要な意義を持つ。

1392年の李朝開国は、高麗の重臣であった李成桂(リセイケイ)が、明との戦いで遼東半島地方奪還に出陣し、密かに敵と通じて、威化島(鴨緑江下流の島)で軍を翻し、逆にときの高麗王ぐ(示+禺)王と上官の崔エイ(総理兼参謀総長)将軍を殺し、政権を纂脱(さんだつ)した結果によるものである。

敵国であった明の協力で打ち立てられた国であるから、その後李朝が明の隷属国家に転落したのは当然である。

国民は奴隷民族化され、私有財産も没収された。

李朝は専制王権制度に体制を変え、朝鮮民族が古代から高麗にいたるまで連綿と持ち続けた国際的自尊心を放棄し、明の属国として堕落が始まった。

このような環境の中にあり、搾取と虐政の中にあり、国王は名ばかりでなんら政策も施さず、その政府には国家の予算案すら存在しないという無軌道ぶりだった。

いわば民衆は無政府状態におかれていたのだった。

それを考えると「日朝修好条規」第1条の「朝鮮国は自首の国」との言葉の持つ意味の重大さがわかってくる。

だが、清と朝鮮との主従関係を断ち切ろうとした日本の狙いは、実際には実現にほど遠く、清の保護下にある李朝の専横はかわることなく、民衆は相も変わらず、塗炭の苦しみを味わい続けてていた。

近代化と自主独立の道を拒否しつづける李朝の存在は、東アジアの情勢に不穏な種を宿していたのである。

李朝は1897年、国号を「大韓帝国」とあらため、年号を「光武」とした。

王を皇帝と称し、表面的には5百10余年ぶりに明、清の束縛を脱し、独立国家を形成したが、実態はかわるところがなかった。

1904年、日清戦争に次いで日露戦争を控えた日本は、こうした朝鮮の惨状を見かねて、目加田種太郎(1853~1926年)を財閥顧問として派遣し、日本からの財政支援をもとに、李朝をまともな国として建てなおすという態勢がようやく緒につくことになった。

目加田財政顧問と統監府は、朝鮮の歳入不足を補てんする為に、日本国民の税金から、大韓帝国政府に無利子、無期限の資金「立て替え」を実施したほか、直接支出で援助した。

例えば、1907年度で、朝鮮の国家歳入は748万円しかなく、必要な歳出は3000万円以上であったから、その差額は全額日本が負担した。

1908年度には、これがさらに増えて、合計3100万円という巨額の資金を日本は支出した。

統監府時代の4年間に、日本政府が立て替えた歳入不足分は、1428万円にのぼった。

そればかりではなく、司法と警察分野などに日本政府が直接支出した金額は、立て替え金の数倍、9000万円にも達している。

現在の朝鮮、韓国の歴史では、日本の特恵的支援には一言も言及が無く、侵略だけを強調しているが、これがいかに偏狭な史観であるかを自覚しなければ、将来は開けない。

1910年8月29日には、明治天皇から臨時恩賜金として3000万円が与えられ、旧韓国が日本政府から借用していた2651万円は、そつくり棒引きにされた。

前述したとおり、李朝には、元々、予算の編成能力などはなく、目加田顧問の指導、監督の下で初めて予算が編成された。

いかに李朝が非社会的存在であったか、わかろうというものである。

飢餓には食料と金が必要であって、名義と暴力では解決しない。

歳入の3分の2を日本政府の持ち出しで賄った朝鮮

日韓併合後の補助金と称する日本政府の持ち出し(日本人の税金)は、1911年が1235万円で、それ以前の平均2500万円の半額に減った。

これは残りの半分を日本政府の公債と、日本からの借り入れ金で補っており、毎年日本から約2000万円前後を調達するという状況は変わっていなかった。

これは朝鮮自体の税収入の倍に及んでいる。

つまり朝鮮は、財政の過半数から3分の2を日本人の税金によって賄った結果、ようやく近代化に向かって出発することができたのである。

これ以外に、駐留日本軍2個師団の経費はすべて日本持ちであった。

終戦後、独立した韓国、朝鮮の教育は日韓併合を日本帝国主義の侵略政策の産物であったと糾弾するが、これがいかに歴史の実態を無視した身勝手、自己中心的解釈であるかは、いうまでもない。

日韓併合によって、搾取され呻吟されたのは、韓国、朝鮮国民ではなく、日本国民であった事実を認めるべきである。

1910年から1944年までに日本政府が発行した(朝鮮に対する日本の投資額)公債は、21億6566万円であり、このうち償還された7億2595万円を差し引いた、14億3971万円が未償還額という事になる。

これに立て替え金その他の直接支出と補充金をあわせると、総計では20億7892万円に上ることになる。

*現在の貨幣価値からいうと、1円=3万円くらいです。ですから3万倍してください。とてつもない額だという事です。

*今では韓国で売国奴にしたてあげられ、墓まで掘り返された大韓帝国の首相「李完用」は韓国にとって最善の政策をとって日韓併合を締結したわけだ。

なんたって、日本人からこれだけの金を出させて、韓国の近代化を成し遂げたのだから。

この点で、朴正煕大統領が日韓基本条約を結んで日本から11億ドルもの金を出させて漢江の奇跡と呼ばれる経済成長した事と同じですね。

*どれだけ頑張れ!頑張れ!と支援しても、恨みで帰されるのはまっぴらです。

「売国奴」のレッテルを貼られた李完用

1910年8月22日、「韓国併合に関する条約」が、大韓帝国の首相、李完用と日本の統監、寺内正毅との間で締結された。

これに先立つ1905年に日韓保護条約(韓国では乙巳ウルサ保護条約)締結の際も、李完用は学部大臣としてこの条約に賛成し、このとき、ともに賛成した4人の閣僚とともに、

「乙巳五賊(ウルサゴジョク)」

とよばれたが、これによって韓国における彼の「悪名」は完全に定着した。

今日でも彼の名は「売国奴」の代名詞であり、その業績を1部でも評価しようとすれば、その人間はたちまち激しい糾弾を浴びて、社会的に抹殺されてしまいかねない状況である。(現在では逮捕されます。)

だが、政治家として彼がとった選択は、非難されねばならないものだったのだろうか。

李完用は1858年、京畿道広州生まれ、24歳で、科挙文科に合格し、1886年、最初の英語学校である育英公院に入学した。当時より秀才の誉れが高かった。

1887年、米国駐在公使館に参事として赴任し、翌年には駐米代理公使に就任した。

1895年、外部(外務)大臣、学部(文部)大臣、農商工大臣を歴任、翌年、徐戴弼(ジョサイイヒツ)らと独立協会(最高愛国集団)を結成、初代委員長に選出された。

1898年、独立協会会長として、万民共同会を開催し、ソウル都心部で独立鼓吹の街頭演説会も多数開催していた。

1905年、日韓保護条約に賛成。

1910年、大韓帝国全権委員として、日韓併合条約に署名、併合後は朝鮮貴族に列せられ、明治天皇より伯爵を賜与。その10年後、侯爵に叙せられた。

こうした彼の経歴を一覧すれば、外交畑を歩み、対日観においては、一貫して親日的であったことは確かである。だが、私はあらゆる文献を通じて調べた結果、彼は稀代の愛国者であることを認識した。

1910年8月22日、彼が総理大臣として日韓併合条約に調印したのは、朝鮮の専制王朝が最後まで文明開化を拒み、過度の浪費で、極貧と飢餓に疲弊する民族を放置していることを見るに見かねて、日本の全面的協力を得て民族の再興を期するためであった。

彼ばかりではなく日韓保護条約、日韓併合条約に賛成した大臣たちは、民族の繁栄を希求し、滅亡を事前に防ぎたいという念願から、合邦に賛成しているのである。

彼らは当時の朝鮮国内の状況から、やむにやまれぬ政治選択をしたのであって、むしろ政権担当者の責任として、当然の行いをしたまでである。

日韓併合の是非は、当時の朝鮮王朝がどのような体制にあり、庶民の生活、社会の状況がどうなっていたのかを、正しくみつめなければ、何も論じられない。

彼は韓民族としての誇りを失わず、日本に対しても無条件で阿諛追従(あゆついしょう)したわけではなかった。

それは次のような点からも明らかである。

1、生涯日本語を使わず、英、韓国語を常用して民族の自尊心を高揚し、一般の百姓たちから厚い尊敬の的であった。

2、登用で最高の名筆家として、明治天皇からも親筆の額を要請されたほどで、今も独立門の額や王宮などに、彼の筆跡を目にすることができる。

3、高邁な人格の所有者で、外部大臣在任中、ロシアの朝鮮併合政策を挫折させた。

4、政策面で彼は貞洞派(ジョドンパ)(日中と距離を置き英米露に親近感をもつ)に近く、親日派や売国奴にはほど遠い存在で、近代化と民族の繁栄をひたすら願っていた。

李完用は1926年、68歳のとき、李在明(イジェミョン)から受けた傷がもとで死去した。

当時、斎藤実総監は弔辞の中で「李完用侯爵は東洋一流の政治家であり、、、、彼の人格はあらゆる人たちの欽慕の的であり、彼の死は国家の一大損失である、、、」

と述べた。

彼の葬礼は高宗の国葬のとき以来の規模で、大勢の人が参列し、彼を慕う人波が10里も続いた。

次号に続く。

韓国の国民に是非読んで欲しい真実の歴史。

韓国人の歴史家(崔基鎬)が調べあげて10年以上前に書いた書籍から書き写したものです。

日本人から見た歴史ではありません。

たぶん、ロッテの会長の重村さんたちのように、真実を知っている韓国人の方々はその通りだ。と胸を掻きまわされる想いではないでしょうか?

90歳を超えるご老人達がいなくなってしまう前に、真実の歴史と向き合って欲しい。

歴史を直視して欲しい。

今までの反日教育がどれほどのウソかを知る時がやってきました。ご自身で調べてみて下さい。朝鮮の歴史。

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そんなに憎い日本人(朝日新聞植村隆記者)に大事な娘を嫁に出すか~?

朝日新聞社記者の植村隆(平成26年春から神戸松蔭女子学園大学の教授の予定)氏が1991年8月11日付朝日新聞朝刊に

<「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」>の存在を確認し、日本軍による強制連行があったとする捏造記事が慰安婦問題を大火にしていった事は今は国民のみなさんの大半は知っている。

そして、その慰安婦だったという女性(金学順)が自分自身で親に40円で2回売られたと証言している事も知っている。

朝日の記事には親に売られたことについて全く触れられていない。むしろ隠蔽したのではないかと思われるのだ。

朝日新聞ソウル特派員だった植村氏は語学留学中に知り合った韓国人女性と結婚しているのだが、その女性は何と、日本政府に賠償を求めていた韓国の団体(太平洋戦争犠牲者遺族会)の会長(梁順任(ヤンスニム)の娘なのだ。

義母、梁順任(ヤンスニム)の人柄は目鼻立ちが整っていて、押しの強いタイプといわれ、朴正煕大統領が日本から当時(1965年)11億ドルもせしめる事に成功した日韓基本条約に、「両国間の戦時賠償問題は完全かつ最終的に解決されたと明記されている事について、

(朝日新聞社ソウル特派員植村隆氏の義母である)梁順任(ヤンスニム)は

「こんな条約、千回結んでも意味は無い。」

と強硬に主張している。

また彼女は河野談話を出す際、元慰安婦への聞き取り調査を行う外交官に向かって、

「歴史を明らかにして何になるの、罪の意識はないのか」

と怒鳴った、とにかく謝罪と補償を求めた気性の激しいご婦人だ。

ではなぜ?憎き日本国に謝罪を要求している韓国人女性が大事な自分の愛娘を日本人の男の嫁にする事を許したのか?

お互いの利益の為か?

梁順任(ヤンスニム)は太平洋戦争犠牲者遺族会(現、亜細亜太平洋戦争犠牲者韓国遺族会)の会長だと前述したが、その会が

老人たちに「日本から賠償金をもらう自信がある」ともちかけ、会費名目で十五億ウォン(一億五千万円)をだまし取った容疑で起訴されていたのだ。

「補償金は会費の額に応じて分配される」

「支払った額の30倍になる」

といった言葉を信じて、3か月で98万ウォンを支払った会員もいた。

「日本統治時代に生きていた人は(徴用されてなくても)会費を出せば必ず補償金がもらえる」

という説明もあったのだ。*韓国ネットメディア「メス。タイムス」朴宣協記者より

かつて梁順任(ヤンスニム)会長の下で事務総長を務め、現在会長となった金在根氏が言うには、

梁会長が前科のある張ソンヒという女性を団体に連れて来たが、反対した自分は解任されてしまった。その後は梁順任(ヤンスニム)の息子(植村隆朝日新聞記者の嫁の弟)が事務総長に就き、梁順任会長と団体の知名度を活かした会費集めの詐欺が大々的に行われるようになった。アメリカや日本の弁護士も、チラシに名を連ねて宣伝材料に使われた。

警察の捜査を受けて梁会長を除名処分にしたが、「すべて張がやったこと」と自分の関与を否定していますが、考えられない。

梁会長に経理資料当を再三にわたって請求しているが、いまだに応答は無い。

会員から集めた多額のカネが何処に消えたのか、全くわからない。

*韓国ではマスコミにとって重要な取材対象者。愛国者というイメージもあり、ほとんど報道されていない。

そして、韓国の裁判所は「捜査機関が提出した証拠と張氏(梁会長が連れてきたマルチで前科がある女性)の証言では共謀の事実が十分に立証されない。刑法上の詐欺共犯として認める事ができない。としたが、韓国検察は判決を不服として控訴したので裁判はまだまだ続いている。

このように、慰安婦賠償金ファンドで金を集めていた組織。

それが朝日新聞植村記者の嫁の親が会長だった太平洋戦争犠牲者遺族会なのです。

賠償ビジネス。日本は困った時のATMか!

被害にあった60代の女性会員は

「自分の婿は日本で記者をやっているので、私も日本で待遇がよい」と自慢げに話していて、海外で活動するすごい人なのだと信用させて人を騙した。」

と語る。

「何故憎い日本の男と愛娘の結婚を認めたのか?」

だんだん、解ってきましたね~。

1、植村記者はソウルで日本軍人に売春を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」の存在を確認した!というスクープ記事を突然書いているが、そもそも。梁会長からの要請があったのではないか?

2、金学順を紹介したのは梁会長ではないのか?

3、記事の内容は吟味され、梁会長の意向をそのまま取り入れたのではないか?

4、強制されていたと書く為には、義父に売られた事は伏せるよう指示されたのではないか?

それを飲んだ?

スクープでも何でもなくヤラセ記事だったのか?

梁会長には都合がとっても良い朝日新聞記者だった。という事ではないのか?

梁会長に週刊文春の記者が電話した内容は以下↓

大声でまくし立て

「私の婿(植村記者)は朝日新聞の記者だが、私が詐欺師みたいに報じられた為、彼も日本で批判されて新聞の部数が落ちる原因になっていると聞いた。

それで会社を辞める羽目になった。その後、大学(神戸松蔭女子学院大学)の教授に任用されて教鞭を執る予定だったが、大学にもクレームが入ったのか、受け持ちの授業がなくなった」

との事。

神戸松蔭女子学院大学によると「4月の着任はなくなった」という事だった。

しかし、今年中か?来年かは要注意だ。

文芸春秋1993年3月号で

盧泰愚大統領はインタビューで

「(慰安婦問題は)実際は日本の言論機関の方がこの問題を提起し、我が国の国民の反日感情を焚きつけ、国民を憤激させてしまいました」

と言っている。

桜井よしこ氏は

「植村記者と朝日新聞が全社をあげて作り上げた虚構が、いまや韓国で事実として定着して、韓国の歴史までも歪めている。これは本当に罪深いことです。

朝日にもし良心があるならば、「我々は植村記者の記事という虚偽の物語を事実として固定化してしまいました。

偽りの物語に基づいて出された河野談話の見直しに全面的に協力します」と言わなければいけない立場なのです」

朝日新聞に良心なんかありません。

会社のメンツで朝日新聞はもってます。間違いは死んでも認めません。

どんなに我が国が貶められ滅びようとも、朝日新聞は生き残る。それが朝日流賢い生き方。

河野談話再検証阻止!全社を挙げて阻止せよ!

朝日新聞が安倍総理を恐れる理由。NHK朝日問題で放送法違反の前科者に仕立て上げたかった理由。

河野談話を再検証されて世界1困るのは朝日新聞です。

ね、みなさん、朝日新聞は「公器」なんかでは決してありません。

朝日新聞は「凶器」です。

*今週の週刊文春と週刊新潮の記事を合わせ読みして書いたブログです。

まだ、お近くの書店、コンビニに売ってます。ご購入の上永久保存をお願いします。

今週号も読みごたえあった。

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ロシア(プーチン)がウクライナへのガスの供給を止めると脅しているが、

安倍晋三総理大臣が官房長官だったころ、住友商事の副社長が2、3回面談を求めてきたらしい。

用件は、「ロシアから北海道にパイプラインでガスを供給して頂く計画を是非お話したい。」

という事だったらしい。

安倍官房長官は共産圏からのエネルギーの依存は

「もしも何かあったら、キュッと絞められてしまう。」

という日本の国の危機管理を常に意識して。副社長の話をお断りしたらしい。

商売人にはこのような危機管理の意識が無い。

まさに、このウクライナの情勢で証明されました。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20131211-00010000-wedge-bus_all

当時勤務されていた秘書さんから聞いたという、山口県の後援者からお話を聞きました。

N,Mさん、ありがとうございました。

しかし、それを何とも思わず鳩山は推進しようとしてたんですよね。

今から考えると恐ろしいです。

国のかじ取りって、将来の国の状態、あり方を考られる人に任せないと大変な事になるんですね。

河野官房長官談話なんかもいい例ですが、、、、

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台湾を次なるチベツト、ウイグルにする中国の企て、日本も早急にチェックが必要だ。

自由時報の自由広場に國立台灣海洋大學大学院生許俊輝さんの投書です。 (和訳してます)
メモhttp://www.libertytimes.com.tw/2013/new/jan/18/today-o12.htm


メモ「開放中國來殖民」,已經是「現代進行式」了,而且是觀光客、中生殖民模式早已運作了。

ペン「中華人民共和国から殖民に来るように開放」というのはすでに現在進行形となってしまい、観光客と中華人民共和国留学生での運用モデルが始まってしまった。


メモ馬政府不只貫徹教育中國化的政策,並且大量開放中國人來台,光是在觀光上就十分地
明顯,不只是人數上,連地盤也被他們買走了。昔往十分熟悉的士林夜市、寧夏夜市,如今都是中國客的口音,猶如在世界各地的「中國城」一般,而原來台灣熟悉的人情味也逐漸淡去,盡是向中國的錢看。以往我們時常看到的日本、西方觀光客,好像消失了一般,失去了以往多元性的活力。

ペン馬英九政権では中国化政策を徹底させるだけではなく、大量の中国人を台灣に入れてしま
った。それは観光地を見ても明らかだ。人数が多いだけではなく、彼らは場所そのものを占拠してしまった。昔から続いている夜店が並ぶ士林夜市や寧夏夜市では、中国人観光客のざわめきが聞こえ、世界中のあちらこちらに中国人街が出来上がってしまっている。そして台灣人がなじんできた人情味有るものが段々無くなってゆき、中国人から来る金ばかりをあてにするようになった。かつて我々がいつもよく訪ねていた日本でも、西洋人の観光客が居なくなってしまいかつてのバラエティーに富んだ活性力が失われた。

メモ如今馬政府開放中國學生來台灣,也開放打工、可以讀二技,從中生健保費有補助,到每
個月中國來台研究生有三萬塊補助,台灣不僅早已成為中國殖民地,台灣人猶如元朝時期的「南人」一般,毫無地位。

ペン現在のように馬英九政権が中国の学生が台灣にやってくるように開放し、アルバイトも開放し、勤労学生になれるようにして、さらには留学生に健康保険も補助して、中国からやってくる大学院生には毎月3万元の補助を与えるのだ。
位置情報(PS:なのに今は台灣の大卒初任は2万元をもらえるか。。。大変難しいよ)
台灣はもう中国の植民地になってしまった。台灣人もう元朝時代の南人と同じく最下層身分なのだ。(訳者補足:モンゴル人王朝の元朝では身分はモンゴル・色目(ペルシャ人など西域白人)・漢人・そして最下層が支那南部の南人だった)

メモ馬政府如此厚待中國人,重啟台灣式的「種姓制度」,以前戒嚴時期是「外省人」受惠,現在
是「中國人」享受一切福利,那麼台灣人呢?放牛吃草,自我放生了! 

ペン馬英九政権は中国人を厚遇し、かつて昔のような「種姓制度」を台湾の地で再開する。以前
の戒厳令時代には外省人が特権を享受したが、今では中国人が一切の福利を享受している。では台灣人の扱いは一体どうなのか?ただ放し飼いにされた牛が自力で草を食むだけと同じ状態なのだ。

国立政治大学では奨学金削減反対運動があると知りました。先ほどニュースにも出ていました。
http://iservice.libertytimes.com.tw/liveNews/news.php?no=753690&type=%E7%94%9F%E6%B4%BB
これは異常だと思います。
台灣人への奨学金(助學金)を減らすより前に、中華人民共和国人という台灣にとっての外国人不当優遇を止めるべきなのです。

留学生を大勢中華人民共和国から受け入れたらどうなるか?日本を見ればわかります。支那人留学生が学生ビザを悪用していろいろなアルバイトばかりして勉強などしません。さらに中華人民共和国と同じ野蛮な習環で生活して日本人に迷惑をかける。そして犯罪を犯す。男子の場合は窃盗や強盗、女子の場合は売春(賣淫)。人間としてやってはいけないことは何でも平気でします。

留学生としてやってくる支那人も、偽造学歴証明書でやってくるのが多い。ひどいのは高校も出ていないのに大学卒業の証明書を偽造して大学院に入学する。日本では大学が多すぎて大学入試が簡単になっているので、そういう学歴偽造でも無名大学は合格できるのです。

日本では学生に対して大学が多すぎて、大学の収入がありません。だから中華人民共和国人を入学させて収入を補完します。台湾も少子化で学生が減少数なのに大学が多すぎる。だから同じような理由があるはずです。

日本でも台灣でも不必要な大学は潰して、必要な大学だけ残すべきです。そうでないと大学が中華人民共和国人犯罪者の養成所になります。

聞いたこと無い大学がたくさん出来て、学生集めに中国人をどんどん留学させていますね。

近くのコンビニやフランチャイズでバイトしている勉強しないで、まるで出稼ぎに来ている中国人を見かけませんか?

日本では外国人留学生の為に奨学金293億円のうちの7割を提供しているのです。

日本もうかうかしてられませんよ。

今台湾では馬政権が中国化をどんどん押し進めています。

武力を使うと国際社会からつまはじきにあってしまう中国は漢民族の大量移住で他国を侵略する企てです。

アフリカ大陸の国々などガス、石油のある国にはどんどん漢民族を送りこんで、いつのまにか土地を買い、町を形成させる。

いなご作戦です。

中国人留学生をあてにする大学はもういらない。大学経営の為の外国人大量留学。

日本国政府は外国人留学生の大学出席状況と成績チェックを早々にすべきです。

本当に勉強する為に留学してきたのか?

その留学生に奨学金を提供するだけの資格があるのか?

下村文部科学大臣!是非お願いします!

先端技術の研究開発の為に日本国民の税金を使うべきです。

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安倍首相をなんとしても批判したいマスコミ。

安倍首相

「侵略という定義は学会的にも国際的にも定まっていない。国と国との関係でどちらから見るかで違う」(参議院予算委員会25年4月)

この答弁にマスコミは

「侵略の否定」「村山談話の否定」などと大騒ぎ、例のご注進マスコミは世界に知らせ、コメントをとろうと必死で取材した。その成果?として中韓さらには米国マスコミが安倍批判を展開し、韓国の国会は非難決議まで採択し、朝日をはじめ左翼マスコミは大はしゃぎで記事にした。

村山富市(首相当時)

「侵略という言葉の定義については、これは例えば国際法なんか検討してみましても、武力をもって他の国を侵したというような言葉の意味は解説してありますけれども、侵略というものがどういうものであるかという定義というものはなかなかないのですね」(平成7年10月12日衆議院予算委員会)

侵略の定義が定まっていない。なかなかない。と同趣旨の発言をしているのだが、村山氏の「侵略の定義」答弁が「侵略を否定」したとか、マスコミに指摘を受けたことは全くなかった。

どうにかして、日本の新しい安倍首相は右傾化していると世界に発信したい。そして世界にご注進。

日本の新聞を信じるな!特に朝日新聞には気をつけろ!

もうひとつ、

集団的自衛権を巡る憲法解釈の見直しについて、

安倍首相

「最高責任者は私だ。政府の答弁に私が責任をもつ。選挙で審判を受けるのは法制局長官ではなく、私だ。」

ご存知のように、立憲主義を否定などとテレビ新聞でおおはしゃぎでした。

仙谷(官房長官当時)

「その時点での内閣が、責任をもった憲法解釈を国民や国会に提示するのが最も妥当だ」(平成22年6月衆議院予算委員会)

この時、立憲主義を否定などと批判記事を書いた新聞。それを報じたテレビは皆無だ。

どうしてもどうしても、安倍首相を無きものにしたい。朝日新聞の社是です。

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従軍慰安婦捏造を朝日は全社挙げて広げた。

朝日新聞(3月1日)が大喜びで報じている。(河野談話再検証について)

河野氏が「前のめりの方々、昔の人たちの経験談をよく聞き、間違いのない政治をやって欲しい」と語ったことを紹介し、これを安倍政権へのクギと解説している。

囲み記事のタイトルは「河野氏、政権にクギ」

しかし、前のめりで慰安婦談話を出したのが河野氏であり、捏造記事でお先棒を担いだのが朝日新聞だったのではないか。

この記事はそんな自分たち(朝日新聞と河野洋平)の過去に口を拭うものだ。

当時からの慰安婦関連記事も含めて、正しいと思うのであれば堂々と再検証してもらえばいいではないか!

間違いのない政治をやったと言うのなら再検証を堂々としてもらえばいいではないか!

1991年8月11日、大阪朝日の社会面1面で、植村隆(今年春から神戸松蔭女子学院大学の教授)氏が

「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮従軍慰安婦」

を報じた。

この女性、金学順氏は後に東京地裁に訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたなどと書いている。

植村隆(今年4月から神戸松蔭女子学院大学の教授)氏は彼女が人身売買の犠牲者であるという重要な点を報じず、慰安婦とは無関係の「女子挺身隊」と慰安婦が同じであるかのように報じた。

それを朝日新聞は訂正もぜず、大々的に紙面化、社説でも取り上げた。

捏造を朝日は全社挙げて広げたのである。

中略

朝日は「河野談話の再検証の動きなどがこのまま続けば、関係改善の糸口を見つけるのはさらに困難になる」と報じた。

(産経新聞3月3日「美しき勁(つよ)き国へ)

河野談話を再検証されて1番困るは、何よりもどこよりも朝日新聞なのだ。

食品偽装に耐震偽装、他人の偽装は追及しまくり謝罪させ、責任者の辞職まで追いかけ回わすが、自社(朝日新聞)の偽装、捏造については知らんぷり。それどころか、韓国、中国を焚きつけて捏造記事を正当化しようと努力を重ねる醜さ。

お前ら朝日新聞はこれでも「公器」だというのか?日本が嫌いなら出て行ってくれ。

靖国の英霊を侮辱し、将来の子供達の世界をどれほど貶めれば気が済むのか?

朝日新聞、買う価値なし。存在自体汚らわしい。醜い。

街中、電車の中、ご近所の郵便受け、朝日新聞を見かけたら、気をつけよう。

気色悪い。ヘドが出る。

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