山岡荘八は山岡賢次にウンザリしていた。
山岡賢次は事あるごとに祖父である山岡荘八の名前を持ち出し、寵愛されていたと自慢していますが、げんなりします。元々彼が祖父とは何の関係も無い男であるだけでなく、祖父自身、彼(山岡賢次)にウンザリしていたんです。
と話すのは山岡荘八の前妻の息子の長男、つまり実の孫にあたる山内幹雄さん。
彼が週刊新潮のインタビューで上記のような真実を述べている。
山岡荘八はペンネームで本名を山内庄蔵という。
彼は最初の妻との間に一人息子の山内一史(ひとし)さんをもうけている。
その一史さんの息子が幹雄さんだ。
山岡荘八は世田谷区梅ヶ丘に7百坪の大邸宅に住んでいたが、別れた妻(前妻)の息子とはいえ実の息子の一史さんの家が同じ世田谷の上馬という事もあって頻繁に行き来していた。
「祖父(荘八)がやってくると、よく愚痴ってましたね。ある時などはお酒が入った祖父が帰りたくない。俺はここにいるぞ!と泣きだした事もありました。婿養子夫妻とうまくいっておらず、寂しかったんでしょう
山岡賢次は婿入りして荘八の戸籍に入った為莫大な遺産を相続する権利を得ていた。祖父の知人からは、荘八さんは遺言状を残していた。と私の父のところに連絡がきたそうですが、誰かがその遺言状を葬り去ってしまったんでしょう。
とにかく山岡賢次にとってうるさい祖父(荘八)がいなくなり、自由になる金も得た。政界への進出にむけての障害がなくなったわけです。」
「彼(山岡賢次)は祖父(荘八)に怒られっぱなしだったので、祖父を怖がって近づけなかった。それが亡くなったのを奇貨として、まるで実の息子であるかのように、方々で、おやじ、と宣伝しだしたんです。」
「祖父(荘八)は、私の母(前妻)の為に静岡県の伊豆に土地を残してくれていました。その土地は稚子(2人目の妻との間に子供が出来なかったので養女にもらって育てた山岡賢次の妻)氏との共同名義になっていたんですが、母(荘八の前妻)は政治家になる前後の山岡賢次に呼び出されて、こういう曖昧な土地は困る。売るか買うかどっちかにしてくれ、と凄まれたことがあったそうです。しかも売買に応じないと、その筋、の人間が動き出すと脅したとか。これは、5つ年下の弟が母に聞いた話しです。」
↑山岡荘八の本当のお孫さんがこう言ってます。
これが日本の国家公安委員長です。こんな人間が国会議員で税金で飯食ってると思いたくないもない!あげく、国家公安委員長!!!!!
遺言状は誰が葬り去ったのか!!!!
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コメント
平沢議員が幹雄さんと会って話を聞いたと言っていましたが、なななんとっ!山岡大臣様様はまるで幹雄さんの方がいかがわしい。山岡荘八とは無縁だと言うようなニュアンスで言い訳していました。本当に醜いマルチ山岡。キチャナイ。顔も心も日本人とは思えないほど恥ずかしい。こんな男が国家公安を司る大将?
民主党の象徴ですね。
投稿: 今日の予算委員会 | 2011年11月 8日 (火) 22時43分